44.ジェフ・べゾスが考える事とアリの特性

緊急事態宣言下の自粛生活が長期化した経緯もあり、読書量が増えている。1年ほど前に購入し、そのまま積読(つんどく)状態になっていた「ジェフ・べゾス果てなき野望」も自粛期間中に読み終えたのですが、なかなか印象深い経営者だなあという感想です。非常に聡明であると同時に、自分が描いたビジョンに向かう推進力が強烈。頭の良い創業経営者の特徴なのかもしれませんが、彼はハンズオン型経営と言うか、ガンガン現場に入って行ってその場で意思決定をしていきます。全ては彼の価値観で動き、そこには一切の妥協がありませんから、社員は常に戦々恐々としていて疲弊しまくっています。当然のことながら人材の流出も激しいのですが、それでも恐ろしいほどの勢いで成長を続けている事には考えさせられる。



 

彼が掲げたAmazonが持つべき“中核となる価値”とは、「顧客優先」、「倹約」、「行動重視」、「オーナーシップ」、「高い採用基準」、「イノベーション」だそうです。この考えの元、地球上のあらゆる商品をAmazonから提供する事を目指して邁進する過程でジェフが一切ぶれなかった事が、人材の流出が激しかったとしても、作り上げてきたプロセスやシステムが途切れることなく進化できた理由なのかもしれない。

 

この本には、ジェフが経験した様々な困難や武勇伝が多数書かれているのですが、特に私の印象に残った点を紹介させて頂きます。それは、Amazon社内で“どうしたら円滑なコミュニケーションが図れるか”というテーマで社員から提案がなされたときに、ジェフが激怒するというシーンです。彼は、

 

「コミュニケーションは、それ自身が機能不全の印だ!」

 

と断じます。

 

「緊密で有機的につながる仕事ができていないからコミュニケーションが必要になる。部署間のコミュニケーションを増やす方法ではなく、減らす方法を探すべきだ」

 

という訳です。これは確かに“言い得て妙”というか、「確かにそうだな」と考えさせれらました。しかし本当にこれを実現するには、少なくとも2つの点を強化する必要があります。1つは、人から人/もしくは組織から組織に渡される仕事のインタフェースを標準化する事により、いちいち前工程に確認する必要を無くすという事です。これは横のコミュニケーションを最小化する為に必要な取り組みですが、一方でジェフは縦のコミュニケーションの最小化にも拘り、なるべく現場で意思決定できる仕組みを追求したようです。

 

この一節を読んだときに、私の頭にはアリの姿がよぎりました。アリはあらゆる生物の中でも、非常に統率の取れた行動をとる事ができる生き物です。しかも、アリの群れにはリーダーがいないのです。女王アリが中央で指示を出しているわけではなく、アリたちは各自の判断で黙々と餌を探し、集め、コロニーを拡大し続けます。しかも一説によれば地球上にいるアリの総体重は全人類の総体重とほぼ同じだという事です。もっとも地球上で繁栄した生物と言っても良いのではないでしょうか?地球上の生存競争の勝者ともいえるアリたちから何か学べるものがあるのではないか・・・と興味がわきませんか?

 

私は興味がわいたので調べてみると、さらに驚くべき事実が分かりました。一般的な昆虫の平均寿命は1~2年なのですが、アリの寿命はなんと10~20年にも及ぶらしいのです!また、働きアリというのがいることは皆さんご存知だと思いますが、これには巣の中で掃除や幼虫の世話をする”内勤”と外に行って餌を集めてくる”外勤”がいるということでした。寿命が20年にも及ぶとなると、若いアリもいれば、お年寄りのアリもいることになります。さて、ここで質問ですが、若いアリとお年寄りのアリのどちらが”外勤”を担当すると思いますか?

 

私は単純に、元気な若いアリが“外勤”を担当するのだろうと考えましたが、これは間違っていました。“内勤”に比べて“外勤”は圧倒的に危険が多いはずです。外敵がたくさんいる外に出向いて、時には戦って獲物や餌を巣に持ち帰る仕事はある意味命がけです。という事は、若いアリを“外勤”にしてしまうと、若いアリの死亡率が上がり、“内勤”のお年寄りはさらに長生きしてしまうことになり・・・つまり高齢化が進んでしまうのです。だから、蟻の世界では若い蟻は内勤、年齢層の高い蟻は外勤という形を取っている・・・・とアリの専門家は結論付けているようです。

 

興味深いですね~。このようにアリ達が合理的な選択をできる理由は、脳に蓄積された何かがあるのか、遺伝子によるものなのか、それともアリの神様がいるのか分かりませんが、彼らが種の保存・繁栄の為に最適な選択を続けているのは間違いなさそうです。これを証明する驚くべきアリの行動パターンをもう一つだけ紹介させてください。

 

新女王アリ蟻候補と雄アリが交尾をした後、その有精卵から生まれるのは全て雌です。これが働きアリになります。一方、旧女王アリは新女王蟻が巣立つ季節にだけ無精卵を生みます。ここから孵化するのが雄アリになり、彼は新女王蟻と交尾をするとそれで死んでしまいます。

 

一方で働きアリは先ほどお話しした通り雌です。実は彼女たちは産卵できる機能は持っていますが、実際産卵することはほとんどなく、機能停止した状態で、せっせと女王蟻が生んだ妹達を育てています。生物は自身の遺伝子をより多く保存する(後世に残す)ことが存在の目的と言われています。本来であれば働きアリも、自分の子を育てないと、この法則から逸脱してしまうと思うのですが・・・実はこの女王蟻の子(つまり妹達)を育てる行為はこの法則からは逸脱していないのです。それをこれから説明します。

 

親族間で一方の遺伝子をもう一方が持っている確率を血縁度と言います。つまり生物はより血縁度の高いものを保護するように振舞うことになります。一般に生物は一組の対となる遺伝子を持っています。簡単に表現すると例えば、雌(母親)はFというパターンの遺伝子とfというパターンの遺伝子を持っています。(F,f) 一方 雄(父親)は(M,m)を持っていると表現できます。図を見ながら説明しましょう。

この図は親から見た子供の血縁度を表しています。父親が持つ遺伝子(Mかm)の何れかを子供が持つ確率はどのパターンも等しく1/2です。つまり父親から見た子供の血縁度はどれも1/2。母親から見たこともの血縁度も同様です。

 

ここで、昔習った確立を思い出して兄弟/姉妹間の血縁度を計算してみましょう。
母親経由の兄弟/姉妹間の血縁度は、
姉→1/2(血縁度)→母→1/2(血縁度)→妹 なので
1/2 x 1/2=1/4 となります。

 

同様に父親経由の姉妹間の血縁度も1/4となります。
したがって姉妹間の血縁度は 1/4+1/4=1/2となります。
ここまでは一般的な昆虫の話・・・アリの場合は?

アリに対しても先ほど度同様の計算をしてみましょう。
“母→子の血縁度=1/2”というのは先ほどと同じですが、
“父→子の血縁度=1”となるところが特徴です。(父親の遺伝子の100%(=”M”)は確実に子供に引き継がれますので 100%つまり血縁度は1となるのです)

 

次に姉妹間(働きアリは雌だけ)の血縁度を先ほどと同様に計算します。
母親経由 姉→1/2(血縁度)→母→1/2(血縁度)→妹 なので、
1/2 x 1/2=1/4です。

 

そして父親経由の姉妹間の血縁度は
姉→1/2(血縁度)→父→1(血縁度)→妹 なので
1/2 x 1 = 1/2 となります。
よって姉妹間の血縁度は 1/4 + 1/2 = 4/3となります。
つまり雌である働き蟻は自分の子に対する血縁度は1/2ですが妹に対する血縁度は3/4となりますので妹を育てることに血道をあげることはより自分の遺伝子を保存する行為に他ならないのです。

 

余談ですが、女王蟻は普段全く無精卵である雄アリを生まないわけではなく、適度に生んでいます。この場合、この”弟”に対する姉からの血縁度を同様に計算すると1/4しかありません。ということで働きアリは女王蟻の目を盗んで、この弟たちを「間引き」してしまいます・・・怖いですね!

 

ここまで述べたアリの例を端的に表すと、以下の様な言葉で説明できると思います。

 

・アリは「自分たちの遺伝子をより多く後世に残す」という大方針に則って行動している。
・アリは「血縁度」という明確な基準に従って意思決定している。

 

「血縁度」以外のアリの行動を決定づける要素を全て説明できるだけの知識を私は持ち合わせていませんから、アリの話はここまでとしますが、要は“方針”と“基準”が共有されることによりリーダの指示を仰がなくとも個々が独自の判断で、最低限のコミュニケーションでも統率の取れた効率的な行動がとれると言えるのではないかと思います。まさにジェフ・べゾスが目指した世界に近いのではないでしょうか?

 

このようにまとめてみると、ジェフが言っていることは奇をてらったようなことではなく、当たり前のことを言っていたのだなという事に気付かされます。横のコミュニケーションを最小化する標準化のアプローチはそれ自身当たり前のアプローチですし、一方で縦のコミュニケーションを最小化するために現場での正しい意思決定を促進するには、

 

・企業理念
・目的
・戦略

 

と言ったような方針を決めて共有し、さらに基準として

 

・事業目標値
・KPI

 

といったものを最大化する為の意思決定をすることに他ならないからです。ただしアリの「血縁度」のように決まったものではなく、KPIの計算は自分たちで評価する必要があります。その為にどうしても評価を甘くしようという作用が起こり、KPIとして機能しなくなってしまうようなことがあります。ここが人間の難しさです。
例えばあるKPIを「新製品の提案率」としたときに、その計算式は以下であったとします。

 

KPI=新製品Aの提案数/接客数

 

すると、KPIを上げようとするために、分母を抑えようと接客を躊躇するようなことが発生したりするわけです。KPIに関しては様々なKPI集等がそれなりのお値段で売っていたりしますが、計算式が複雑になりすぎて、一般には使いこなせないようなものも散見します。私が勉強させて頂いた中では、中尾隆一郎さんの「最高の結果を出す KPIマネジメント」という本が非常に実践的でわかりやすかったです。関心のある方は是非ご覧になってみてください。

 

最後に、いま一度なぜAmazonがここまで成長する事ができたのかを考えてみたいと思います。本の中でも書かれているのですが、経営思想家のジム・コリンズが著書「ビジョナリー・カンパニー 飛躍の法則」の中でも述べている“弾み車効果”の状態にAmazonは入ったということが、現象面からの飛躍の理由です。Amazonにおける“弾み車効果”とは以下の通りです。

 

「低コスト構造でビジネスを始めることで、商品の低価格化を実現し、顧客の満足度を高めます(=「顧客体験」)。満足な買い物ができた顧客は再び買い物をするので、全体として取引量が増えます。すると参入する売り手が増えるので、品揃えが充実します。結果的に、顧客満足度はさらに高まることになります。あとは「取引増→売り手増→品揃え増→顧客体験向上」が1つのサイクルとして回り続けるというわけです。」

 

しかし、私が関心があるのは、何故この状態にたどり着けたかについてです。この“弾み車効果”の状態に達するには社員がノウハウや文化を紡いでいく必要があります。しかしAmazonの場合はジェフが倹約を重視したこともあり、必ずしも給料は高くなく、彼の激しい性格もあり人材はどんどんGoogleなどの企業に流出していました。その中でどうやって紡いでいったのでしょうか?

 

細かい理由は沢山挙げられるのですが、私はジェフ・べゾスが早くから“あらゆる物をどこよりも安くネットで販売する”ということと、それを“テクノロジーで実現する”という信念に基づき手を打ち続けてきたことにより紡がれたのだと思います。つまり彼の考えと行動が一貫していたから彼がHuBとなって自ら紡いでいるのでしょう。

 

アリは無意識のうちに見えない何かを家族で共有し、それに従い統率の取れた行動を続け、大きな敵も倒し、地球上で最も反ししている生物の1つになっていますが、人間にはこれと同じことはできません。同じような事を実現すには、皆が共感できるような素晴らしい未来を描き、信念をもってこれを語り、行動を続けることによって近づけるのだと思います。そしてそれを実現するには、ジェフ・べゾスのようなぶれない経営者が強権的な経営スタイルを取り続けるか、Credoのような信条を会社のDNAといえるようになるまで日々の仕事に擦りこむ試みを経て、会社の力になるまで醸成させることにより実現するのだと思います。

 

皆さんはどちらのスタイルが好きですか?