64.アバターロボットとマトリックスの世界

少子化に伴う人口減少等の理由もあり、ロボット活用の取組は日本でも積極的に進められてきましたが、アフターコロナは完全なもとの世界には戻らないだろうという憶測も広がっており、ロボットへの注目度がさらに増しているようです。




コロナの直接的な影響を受けて、積極的なロボット採用が進んでいる例として一番に挙げられるのは、物流関係です。外出自粛期間にリアル店舗から需要がシフトしたEC関連の物量は、運送会社の労働力をひっ迫させました。これを解決する方策の一つとして倉庫内の自動搬送ロボットが積極的に活用されています。さらには将来的な家庭への配送に、自動走行ロボットを活用することを見込んで、様々な取り組みも進められています。このような流れは、“置き配”を認めるなどの物流合理化の為の新たな商習慣が生まれつつあることを鑑みると、さらに進むことになると思います。

 

また、コロナによる打撃を最も受けた産業の一つである飲食店においても、人件費の合理化から検討が始まった配膳用ロボットを、密をさける策として活用する検討が進んでいるようです。特にレストランにおいて密になりやすいサラダバーにおいては店員が注文に応じてとりわけ、配膳用ロボットが客席に届けると言った組み合わせを進めている企業もあるようです。

 

この様な記事を読み進めているうちに、今後も今回のコロナのようなウィルスが蔓延した際には、ロボットは我々にとって強力な味方になるかもしれないと感じ、イメージを膨らませてみる事にしました。そこで思いついたのが、アバターとしてのロボットです。つまり自分の代わりにロボットに色々なところに行ってもらうわけです。そしてロボットが目にした映像はリアルタイムに自分のHMD(ヘッドマウントディスプレー)に転送されれば、あたかも自分がそこにいるような経験ができるのではないかと思ったわけです。アバターロボットは物理的に移動しますから、交通機関を使う事になり、経済を回す意味でも貢献するかもしれません。スマホ決済が当たり前の現在ですから、ロボットが各場所で必要な決済をすることはそれほど難しい事ではないでしょう。それになりより、どんなに強烈なウィルスが蔓延していたとしても、ロボットには感染しません!

 

アバターロボットは、自分の分身をリアルの世界に送り込み、経験を共有するというイメージなのですが、一方で現実さながらの世界をサイバー空間に作ってしまい、その中で活動するという映画マトリックスの世界観も、我々の現在の世界に対する代替案として考えられるのではないかとも感じます。

 

そこで今回私はアフターコロナの先の未来として、アバターロボットとマトリックスのどちらが現実的なのかを考えてみる事にしました。まあ、思考のお遊びですが。。。そしてこの2つの世界を以下の評価基準で比べてみていきたいと思います。

それではまず、レジャーから行きましょう。あまり幅広く考えてもきりがありませんので、今回は主に「観光」に焦点を置いて考えていきます。「観光」の楽しみと言えば、移動中の車窓を楽しんだり、現地の絶景だったりと、つまり“景色”を堪能するという楽しさは外せませんよね。次はやはり“料理”ですね。都内にいれば全国の料理を経験することはできますが、やはりその地に行って新鮮なご当地料理を食べるというのはまた違った趣があります。そのほかの楽しみと言えば、焼き物で有名な土地であれば、実際に焼き物づくりを経験するなど、“体験系”が「観光」の3つめの楽しみと言って良いのではないでしょうか?

 

1つ目の評価項目である「経験できる幅/楽しさ」において、“景色”、“料理”、“体験系”の3つを見た時に、アバターロボットとマトリックスのどちらに軍配が上がるでしょうか?アバターでは“景色”は実際にリアルの景色をリアルタイムに経験する事ができますから十分堪能する事ができるのではないでしょうか?一方、マトリックスでは、いくら精巧な景色を用意したとしても、頭のどこかにこれは“現実のものではない”という思いが残ってしまうでしょう。次に“料理”ですが、これは味覚ですからアバターもマトリックスも堪能することは難しいでしょう。ただ、予めプランしておいてご当地料理を取り寄せておいて、映像と共に楽しむということはアバターの場合は出来るかもしれません。最後の“体験系”は視覚的要素が大きいものはアバターでも楽しめるかもしれませんが、先ほど述べた、焼き物や、あるいは温泉だったりとかは、ロボットの機能性に左右されますので、最後の評価項目である「実現度」に依存すると思います。一方、マトリックスは仮想空間内に様々なコンテンツを用意すれば、プログラムの組み方によって楽しむことはできるでしょう。

さて次は、2つ目の評価項目である「経済貢献度」についてです。アバターロボットの場合は、実際にロボットが移動しますから、交通機関等既存の産業に対する経済貢献度は一定程度はあると考えられます。一方マトリックスは完全にバーチャルの世界ですから、既存の環境産業のビジネスモデルに対する貢献度はありません。しかし、各仮想の観光地をつくる産業が興ることになるでしょうし、且つこの新産業がリアルのご当地に対してロイヤルティを支払うような仕組みができれば経済的貢献度も持つことになるでしょう。

 

最後の「実現度」については、アバターロボットの場合、“体験系”を諦めれば十分実現可能だと思います。また、“体験系”は、焼き物を作る際のろくろを扱えるほど精巧なロボットを作るような努力をするより、体験したかったら、パンデミックが終わったら来てくださいね・・・という将来の呼び水に使えばよいのではないかを思います。マトリックスの場合は、映画のように脳とシステムを直結するようなことは、あまり現実的には私には想像できません。イーロン・マスクが設立したNeuralinkが脳とチップを直接つなぐような試みを進めていますが、完全に仮想空間の中で動き回るような世界はかなり先になると思います。私のイメージでは、HMDとモーションキャプチャー付きのスーツを身に付けて、仮想空間を見ながら、自身の動きをモーションキャプチャーを通して仮想空間の映像に反映するような仕組みが現実的だと思っています。これなら実現可能だと思いますが、ビジネスとして立ち上がるかはコンテンツ次第となり、うまくいったとしても、実際の観光とはかけ離れた全く別のビジネスとして立ち上がることになると思います。以上の評価を表にまとめますと以下の様になります。

かなり主観的に評価をつけておりますが、既存の産業に配慮し且つ、比較的近い未来を考えた時にはアバターロボットに軍配が上がると思います。しかし一方将来の大きな市場を考えれば、マトリックスのような世界にチャレンジする事は意味があるとも思います。

 

それでは、ここからはビジネス(仕事)のシーンにおいて比較を進めてまいります。1つ目の評価項目である「適用できる幅/実効性」の評価に入る前に、レジャー同様対象の絞り込みをさせて頂きます。イメージする仕事のシーンはオフィスワークです。離れた拠点のメンバーやお客様と同じ会議に参加してプロジェクターやフリップチャートを見ながらディスカッションするようなシーンを対象とします。アバターロボットの場合はその会議の場にロボットが参加します。マトリックスの場合は仮想空間上の会議室に相手も自分も入り込み、そこで会議するイメージです。

 

上記のシーンをイメージした時に、アバターロボットで参加する事と、リモートからWEB経由で参加するのと何が違うのかと感じている方もいるかもしれませんが、私は全然違うと思います。WEB経由の参加ですと、閲覧できる映像が、現地でオペレーションする人に依存してしまうこともあり、細かい指示をこちらから出さないと現地の全ての情報を得る事が難しいです。自身がプレゼンテーションをする立場であれば、イニシアティブが取れるのでほぼやりたい事ができますが、現地にプレゼンターがいて、1メンバーとして参加する場合は、遠慮もあってこちらからあれこれ要求を出すことが難しく、十分な意見が言えないで終わるケースもあります。しかしアバターロボットの場合は自分の意志で向きを変えることもできますから、皆と一緒にプロジェクターを見ることも、話している人のジェスチャーを見ることも可能になり、現地の参加者とほぼ同じ情報を共有する事ができます。一方、マトリックスの場合は、双方が同じ仮想空間に入りますので、共有する情報は共通にはなりますが、その空間で文字を書いたりモニターをシェアしたりというリアルの世界と同様の事をどれだけ表現できるかは、実現度に依存します。

 

続けて2つ目の評価項目である「経済貢献度」についてでが、アバターロボットの場合はレジャーの場合と同様、実際にロボットが移動しますから、交通機関等既存の産業に対する経済貢献度は一定程度はあると考えられます。一方マトリックスの場合はレジャーのように仮装観光地を作るようなニーズが考えにくいので(少なくとも私の脳みそでは)よりリアル世界に対する経済貢献度は限定されるように思えます。

 

最後の「実現度」においては、今回の試みではオフィスワークを前提としておりますので、モノづくりのようなシーンは想定しておりません。その前提であれば、実はアバターロボットの場合は既に似たような試みをしているところもありますので十分実現性のある話です。一方マトリックスはAR/VRの世界が進んではいるものの、リアルの世界と同様の動きをストレスなく体験できるところにたどり着くにはまだ時間がかかりそうな印象です。以上の検討をもとに評価を下すと以下の様になります。

さて、長々と私の思考のお遊びにお付き合いいただきありがとうございました。比較的近い未来を前提とした場合はアバターロボットに軍配が上がりそうです。しかしマトリックスの世界がダメだという訳ではなく、長期的にみるとその様な世界はありうるのですが、その時には全く新しい産業を前提とした発展が期待されるということになりますので、伝統的な産業から見ると、より破壊性の高い世界と捉えられるでしょう。従って、長い時間をかけて変化をしていけば、皆がハッピーになれるかもしれませんが、急激な変化が訪れた時には、淘汰が起こり、脱落者が大勢出ることになるでしょう。

 

なお、個人的にはアバターロボットの世界は、現実世界においては、これまで上司と部下や、ベテラン技術者と若手の2名の出張のケースが、若手がウェアラブルグラスをかけ、上司やベテラン技術者が本部から参加して、若手はロボットと人間の2役を演じるところあたりからスタートするのではないかと感じています。