68.株価好調のテスラは自動車業界に支配者になるか

米テスラ社が今年の8月に最高値をただき出して以来、株式の分割等もあり多少の乱高下もありながらも、今なお高値を維持しており、同社の時価総額は2020/10/30時点で3678億ドル(約39兆円)を維持しています。これはトヨタ自動車の時価総額19兆円の約2倍の額になります。現時点でテスラの売上高は2兆6000億円程度であり、約30兆円もの売上高を持つトヨタとは比較にならない。それなのにこれだけの株価をたたき出せる理由は何でしょう?




通常、投資家は将来のキャッシュフローの現在価値に応じて投資先をきめます。簡単に言えば、自動車業界においてより支配的立場になり、今よりもより多い利益(価値)を創出すると思うから株を買うわけです。では、なぜ多くの人はテスラが自動車業界において支配的立場になると予想するのでしょうか?

 

テスラはEV(電気自動車)に特化した自動車製造企業です。EVにおいては世界Topの売上を誇っています。多くの投資家は、近い将来自動車はほぼEVにシフトすると予想していて、そうなった時にはEVに特化しているテスラが優位性を発揮できることは間違いないと思っている様です。しかし、その日は来るのでしょうか?

 

以下は富士経済グループが独自で調査したEV(HV含む)の国別の市場動向です。

 

2019年の世界全体の四輪車販売台数は9,130万台といわれておりますから、7割近くがEVに置き換わると予想されているわけです(この計算には分母となる”四輪自動車市場”自身の成長は加味していませんが、少なくともFOURINという自動車市場調査会社の予測では、コロナの影響もあり10年後の2026年も四輪自動車市場は現在の市場規模と比較してほぼ横ばいです)。特に中国はEVの市場拡大に注力しており、補助金をつけてEVの販売の後押しをしてます。ガソリン車は構造が複雑であり、豊田を筆頭とする日米欧の自動車企業に対して技術的に追いつくことが困難であると判断した中国は、自国に強大なEV市場を築き、メーカーを呼び込み、技術移転を通して当産業における主導権を取ることを目指していると言われています。

 

しかし、想像よりもEVの低価格化が早くはないためか、コロナによる一時期の経済失速の影響か、EVに対する補助金も打ち切られたこともあり、直近では中国に於けるEV市場の伸びも鈍化しているようです。

 

ところで、なぜ市場関係者は自動車産業の将来はガソリン車からEV車に置き換わると予想しているのでしょうか?それはCO2排出による温暖化現象を防ぐために、クリーンエネルギーが必須の世の中になると、皆が思っているからですよね。個人的にはCO2による温暖化現象に対しては、私は否定論者ですが、本日はその点については議論をせず、純粋にEVがCO2削減に寄与するのかについて検証してみたいと思います。

 

サンプルとしてテスラ車としてはリーズナブルな「モデル3スタンダードレンジ プラス」というモデルを見てみましょう。

 

まず、バッテリー容量についてですが、54kWhとなっています。これは電力量1kWの出力をし続けて54時間持つだけの容量という意味です。そしてこのバッテリーを使いきるまで走り続けた時の最長距離が、“航続距離”:430Kmという事になります。つまり1kW当たり約8Km(430 ÷ 54)走行できるという事になります。

 

多くの人が忘れがちな事ですが、EV車はバッテリーから供給される電気のみで走行し、そしてたしかにEV車はガソリン車よりも排出CO2量が少ないと言われています。しかし、バッテリーに充電する電気は発電所でつくられた電気です。この発電方法は特定されません。現在多くの国では発電用の燃料として多く用いられているのは天然ガスです。国内の発電所が開示しているデータを参考に計算をすると、天然ガス1Kg当たりの発電電力量は5.86Kwhでした。また自動車の中には天然ガスを燃料とする自動車もあるので、これを参考に天然ガス1Kgあたりの燃費を調べてみると、35.59Km/1Kg(天然ガス)というのが最新の車種からとったデータです。

 

テスラのモデル3スタンダードレンジ プラスのデータを改めて天然ガス換算で燃費を見てみましょう。
430 ÷ (54÷5.86) = 46.7Km
天然ガス車の35.59Kmと比較して30%程度エネルギー効率が良いと言えそうです。

 

実は、この計算を始める前はEVの方が結果的に天然ガスをより多く消費するという結果になることを想定したいたのですが、そういう結果にはなりませんでした。ただ一方でドイツの研究所ではEV車の方がディーゼル車よりもCO2排出量が多かったという研究結果も発表されています。しかしこれはEVでまだ優位な立場に立っていないVWの影響を受けていると思われますので、しばらくは政治的な背景を帯びた主張が今後も発信されることでしょう。

 

ここまでの検証で、EV化という戦略はエネルギー効率という観点では正しく、十分競争力を持つことができる技術であることが分かりました。すると次にテスラが自動車業界の支配者になれるか否かの観点でキーとなるのは大衆化だと思います。テスラが現在のセレブを対象とする高価格帯で勝負を続けていくのであれば、ニッチな優良企業として生きていることができると思いますが、市場が期待するほどの支配力を持つには大衆化が必須となり、その場合の最初のハードルは低価格化です。先端技術において低価格化を図るには販売ボリュームが必要となります。しかし高価なままではボリュームははけない。中国はボリュームをはく市場としては有望でしたが、米中の争いにより切り離される可能性もありますので、この市場に過度に期待することは危険です。従ってテスラは安価で製造できるようにするための生産技術を確立する為に、大規模投資を試みるはずです。その為の株式分割であったとも思われます。そう思って念のためネットを調べていたら、つい最近ですがすでに5300億円の資金調達の意向を表明していますね。。。

 

さあ、このまま強気の経営を続けていって支配的立場を確立する事ができるのでしょうか?私の答えは「わからない」です。なぜならば、我らがトヨタ自動車も相当抜けない戦略を進めているからです。すでにPHVにおいては十分な実績を誇っていますし、EVに対しても投資を続けているだけでなく、燃料電池と言う独自の技術と市場の開拓も進めています。

 

さらに、車の持つ価値を最大化する為に、地域とのつながりも強化し、町のニーズをくみ上げ、災害時にEVから家屋に給電するスキームを構築するなど多様な取り組みを進めています。さらには車を、移動する為の手段ではなく、移動サービスに昇華させるべく、Uberをはじめとする各ライドシェアカンパニーとのコラボレーションも意欲的に進めています。そしてこれらのサービスを自動且つ安全に提供する為のあらゆる技術的支援をするべくシリコンバレーに大規模な研究開発会社も設立しています。

 

それだけでは無く、ボリュームゾーンとしての中国が不安定な状況下において最も注目される次の市場はインドです。ここにおいてもトヨタは、既にインド事業を成功させているスズキと強固な提携関係を築いています。それになりよりも大衆化という観点では、トヨタはテスラに対して1枚も2枚も上手です。

 

このような観点からも、今の時点ではどちらが支配的立場になれるかの予想は困難ですが、トヨタもテスラも現状に甘んじず意欲的なチャレンジを続けていますので見ていて楽しいです。日本人としてはトヨタに頑張ってほしいという気持ちもありますし、それだけでなく知れば知るほど抜け目なくあらゆる手を打っていることに驚愕します。一方でテスラのイーロンマスクに対しては起業家として尊敬もしていますし、興味もすごくあります。暫くはこの戦いの行方をワクワクしながら眺めていたいと思います。