36.リモートワーク

前回までは、5回に渡って戦略の古典である“孫氏の兵法”をテーマとしてきましたが、今週からは打って変わって最近の旬な話題やソリューションを取り上げて、それを自社の成長につなげるためには何を考える必要があるかについて、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。



 

最初のテーマはリモートワークです。コロナの影響もあり、半ば強制的にリモートワークを取り入れざるを得ない状況ではありましたが、一方で、これでオフィスに来なくともある程度仕事ができる事に、皆が気付いたことにより、オフィススペースの削減に伴う不動産価格の下落等が想定されるといった記事も目にするようになりました。

 

実は、そもそも外資系企業が先行するリモートワークも、オフィススペースの削減によるコスト削減が目的として始まったものが多かったのです。少なくとも私が以前在籍していた企業では、10年以上前にリモートワークの本格導入に踏み切ったのですが、大きな目的はスペースコストの削減でした。

 

私は2つの会社でリモートワーク導入の立ち上げを経験しておりますが、一方は非常に戦略的に進められ、効果も社員からの評価も良かったという印象ですが、もう一方はとりあえず始めたといった感が否めず、あまり社員からの評価は芳しくないといった印象でしたので、皆さんがリモートワークをより効果的に取り入れる事の一助になればと思い、この2つの事例を紹介させて頂くことにしました。

 

2つの経験談に入る前に、本格的リモートオフィス化に先立って、最低限考慮べき事を考えたいと思います。それは、以下の様にカテゴライズされます。

 

1.物理的制限の排除
・外部からのネットワークアクセスの疎通とセキュリティの確保
・オフィスにいないと仕事ができない理由の除外(ペーパーレス化等)
2.生産性の劣化の回避
・コミュニケーションツールの導入(Web会議システムの導入等)
3.労務管理
・労働時間把握の方法等

 

つまり、「リモートオフィス化を妨げる条件の排除」、「リモートオフィス化によって劣化されるものの緩和」、「その他法的対応」といった整理ができるのではないかと思います。これを念頭に置きながら、私が経験した2つの事例を振り返っていきたいと思います。

 

成功事例:
この事例のそもそもの目的はコスト削減でした。そして、それは現実に即した形で進められていきました。そもそも対象となった事業所に在籍する多くの社員は営業やフィールドエンジニアであり、外出している時間が多く、全員分の固定席を確保しておく必要があるのかという疑問から始まりました。それから一定期間に渡って在籍率の統計がとられ、結果、約60%のスペースがあれば当該事業所の全在籍者を賄う事ができるという事が分かったのです。スペース削減によるコスト削減分を計算し、おそらくその削減分をリモートワーク向けの投資に回したのではないかと思います(これは私の推察です)。

 

当該の事業所に在籍する社員は全員ホワイトカラーでした。これらの人たちがオフィスにいなくとも仕事ができるようにするためには、徹底的にペーパーレス化を進める必要があるという結論に達し、資料としての紙はスキャン業者に委託して徹底的に電子化しました。その他の申請書関係はすべてワークフロー化を進めました。

 

その会社はIT企業でしたので、ネットワークの疎通とセキュリティ確保は粛々と進められ、大きな混乱はなかったのですが、当時、Web会議システム等はありませんでしたので、コミュニケーションは基本的に電話/電話会議とメールでした。ただ、それに加えてチャットツールが導入されて、PCがネットワークにつながっているときはチャットツールも接続状態になるようにしていたために、社員がネットワーク上に在籍しているか否かの確認はできるようになっていました。
また、その会社は裁量労働制を採用していたことも、スムーズにワークスタイルを移行できた理由の一つでしょう。

 

このようなステップを経てリモートワークを実現したのですが、副次的効果として、社員の生産性が向上したことが挙げられると思っています。企画書や提案書等の各種資料を作成するときに、かかる時間の約40%程度は参考とすべき資料の収集にあてられるということが当時は言われていたのですが、リモートワーク化に伴い、全ての資料は電子化されたために、ネットを通して検索可能になったのです。これにより40%の時間が大きく改善され、且つ申請業務もワークフロー化の過程で簡素化されると同時に、処理の進捗も可視化された為に、フォローもしやすくなり、社員からの評判は概ね好評でした。

 

成功といは言えない(?)事例:
実は、こちらの事例も目的はコスト削減でした。しかし、予め幾らコストを削減しなくてはならないという課題があり、それをオフィススペース削減で実現するという事が決まっていたので、先の事例のように在籍者数の統計等はとられておらず、見切り発車されたのです。

 

並行してリモートワークも導入されたのですが、紙を必要とする業務をなくすといった取り組みがなされていなかったために、利用者は限定的でした。また営業も先の事例に比べるとオフィス内在籍率が高く、結果として、狭いスペースに社員がひしめく状態になってしまい、あまり社員の評判もよくはなかったと記憶しています。

 

この事例は今後アフターコロナにリモートワークの定着化を図るうえで、示唆を与えてくれると思います。リモートワークありきで進めるのではなく、数値的根拠をもって、現在の生産性を落とさずに実現するにはどうしたらよいかという事を考えた上でステップを踏むことによって、本当のリモートワークが実現するのだと思います。

 

今は、緊急事態としてリモートワークを多くの会社員が経験していますが、そもそも周りの経済も滞っており、仕事量が減っているはずです。「リモートワーク」できるじゃん・・・って雰囲気になっているとマスコミ等でも吹聴していますが、通常の経済環境下で、生産性を落とすことなくリモートワークが実現できることが証明されたとは、私は思っていません。

 

また、先日目にしたITmediaの記事の中で、“リモートワークを経験した管理職/一般社員が感じたこと”に関するアンケート結果が掲載されていたのですが、少し気になる内容でした。以下はアンケート結果の一部です。

全体的に、まあ分からなくもない結果ではありますが、違和感を感じたのは、一般社員は職場にストレスを感じているが、管理職は感じていないというようにも読み取れる点です。ここからイメージを膨らませると、管理職は“管理職然”として、枝葉末節な事は一般社員が考える事・・・と仕事も責任も部下に丸投げしているように感じるのは私だけでしょうか?

 

私の勘が外れているのに越したことはないのですが、もし当たっていた場合、このままリモートワークを本格展開しても有効に機能しないと思います。管理職も一般社員も等しくビジネスの結果に責任を感じ、それを共有した上で、どのようなアクションを取るべきかを共に考えるといった素地が無いと、緩むだけで生産性は落ちるのではないでしょうか?

 

管理職は部下の一人一人と個別育成計画を作り、これを共有し、「これができたから次はこれを達成しよう」と言うように、一緒になって目標達成に向かうといった姿勢が、とても重要になるはずです。その素地ができていないと、”リモートでさぼっていないかを把握するには?”などと言う、意味のない議論が起こりかねません。とは言え、せっかくリモートワークは実現可能という実感を持てたことは、選択肢が増えたことになる訳ですから、有効に生かすことを考えるべきだとも感じます。

 

正直に言って、コミュニケーションのみに焦点を当てた場合、対面の方がリモートワークより効率は良いと思います。視野は360度共有できますから、ジェスチャーを使って話をしたり、ホワイトボードや紙をその時に応じて使い分けて表現したものが瞬時に共有できますし、発言のタイミングがかぶって、譲り合って会話が滞ることもWeb会議程頻発しません。ただ、対面する為に移動したりといった総合的な生産性を考慮した場合は、対面が有利とは限りません。従って、産休に入る優秀な女性社員や、遠方にいる方の知恵をお借りする等、これまでより多様な環境下の方とのコラボレーションを実現する事等、今よりもより良い結果を産める何かを目的に掲げ、先に述べた成功事例のようなステップを踏み、上司―部下が共に目標達成に邁進する文化を醸成し、多くの方々が、この機会を次のステージに上がるきっかけに出来たらよいなと思います。