38.IoTに積極的に取り組部べきか

前回のテーマでRPAを扱った際に、その注目度を測るために日経コンピュータの表紙に取り上げられた年間回数を数えました。今一度その結果を掲載しますと、以下の様になります。



 

AI         x 4回             5G             x 1回
RPA      x 3回             SDGs       x 1回
DX        x 2回             ドローン   x 1回
VR        x 1回             Python       x 1回

 

RPAを除くと、複数回の登場があるのはAIとDXでありますが、これら両方に関わる言葉としてIoTを上げることもできると思いますので、注目度も依然として高いのだろうという前提で、今回のテーマとして選んでみました。

 

IoTそのものの議論に入る前に、なぜIoTが注目されるようになったのかについて考えてみたいと思います。ビジネスを営んでいる全ての人は、不確実な状況の中で活動をしています。我々は、特定の市場に対して自社の商品/サービスを提供し、その対価を得ることにより利益を上げているのですが、この市場が今後伸びていくのか、縮んでいくのか? 自社の商品/サービスは他社のそれより、より市場から支持されていくのか、忘れ去られていくのか・・・ といったことについて様々な角度から分析・予想をして機会損失がないように、または過剰な生産を行わないように舵取りをして、なんとか最大限の利益を上げられるよう日々格闘しています。

 

この不確実な市場の動きについて、他社よりも先駆けてかつ正確に情報を得る事ができたら、確実にその市場での勝者になれるでしょう。なので世界の経営者は、如何にこの不確実性を排除するかについて注目し続けてきた訳です。

 

不確実性を排除する一つの方法としては、得意先を獲得し、信頼関係を築き、お互いに情報を交換しながら売買を継続していく。このような関係を築ける得意先を1社1社増やしていく・・・という取り組みが挙げられるでしょう。しかしながら、得意先も競争に勝ち抜き成長を続けることが必要です。

 

そこにインターネット時代が到来し、だれでも世界中から情報を集める事ができるようになり、「売り手」と「買い手」の情報の非対称性が崩れてしまいました。「買い手」がもっと良い取引先があるかもしれないことに、気付いてしまった訳です。そこに気付いてしまった後は、どん欲によりよい取引先に関する情報を積極的に集めるようになります。同様に「売り手」の方もより広い範囲で「買い手」に関する情報を集めるようになります。しかしながら、大量の情報を集め、分析するには、コンピュータに対する大規模な投資が必要になりますし、データの分析にかかる労力も馬鹿にできません。

 

しかし、時代が進むにつれてコンピュータのCPUは劇的に進化し、データを貯めておくストレージも劇的に安くなり、AIが人に替わって分析できる領域も拡大してきました。これまでは、技術的な側面や投資金額的側面で、現実的でなかった「市場の変化を手に取るように知る」世界が到来したわけです。残された課題は、どうやってデータを集めるかです。そこで、

 

“世界中にセンサーをばらまけば世界中からデータが取れる!”

 

ということで、「Internet of Things(もののインターネット)」という言葉が注目を浴びる事になったわけです。ちなみにThings(モノ)とはここではセンサーを指しますね。

 

さて、ここから具体的にIoTへの取組について考えていきたいと思います。IoTへの取り組みを考えたときに、IoTを提供する側の立場と、それを利用する立場に分かれます。まずは、IoT提供する側の立場から考えていきたいと思います。

 

まずは、私がIoTを説明するときに、良く活用させて頂くお気に入りのフレームワークをご覧ください。

非常に網羅的にわかりやすく表現されているフレームワークだと思います。つまり、末端のデータを収集するところから、そのデータを分析・加工して日々活用できるようにするためには、上記の①~⑧の要素が必要だという事です。

 

①~③は利用者の特性に合ったサービスが必要となりますから、業種ごとの特徴に合わせた様々なサービスが生まれてくるでしょう。

 

④~⑦について説明すると、ネットワークを通じてデータを集めてくる層が⑦、集まったデータを蓄えておく層が⑥、そのデータを活用しやすいように整理する層が⑤で、AIを駆使して分析を担う層が④ということになり、ここでの主たるPlayerはいわゆるプラットフォーマーと言われるAWS, Google, Microsoftと言ったところになるでしょう。

 

最後の⑧は物理的にデータを取る対象に取り付けるセンサーになりますので、取り付ける対象によってさまざまな仕様のものが必要になるはずですから、多くのメーカーがしのぎを削ることになると思います。

 

それでは、このIoTビジネスの覇者となるのは誰なのでしょうか?

 

ご存知の方も多いと思いますが、このIoTビジネスの覇者となるべく早い段階で名乗りを上げたのがGEでした。GEには産業機器を製造・提供する事業がありますが、これまでの売り切りのビジネスではなく、提供する機器にセンサーを内蔵させ、ネットワークを通して常にモニターしエネルギー効率を上げたり、故障する前に交換するなどのサービスを提供する事により、稼働率向上に貢献するモデルを考えました。そして、この仕組みを様々な産業に横展開するIoTプラットフォームとして「Predix」を立ち上げました。このモデルは先に述べた①~⑧までをすべて提供する垂直統合型のモデルです。

 

この取り組みは当初非常に注目されましたが、そもそもコスト意識の高い製造業を営む各社は、稼働率の向上やエネルギー効率の向上については、かなりのレベルに達しており、見込んだほどのNeedsがなかったり、またこれを他の産業に横展開しようとすると、適用できるセンサーの違い、AIに用いる教師データの違い等のハードルがあり、適切なコストで横展開する事ができず、事実上この取り組みは頓挫しています。

 

ここから先は、私の推測ですが、①~③についてはこれまでであればSIerが提供する領域ではありますが、社内でプログラマーを育成するような機運も高まっている事と、変化の激しい経済環境への対応を鑑みると、この①~③の領域は各企業が自前で用意するべきだと考えます。

 

さらに④のAIについては前述の通り、用途によって用意すべき大量の教師データが異なりますから、業種業態に特化した形で、教師データ+人ノウハウ を組み込んだシステムが必要となるために、ここの市場も細分化されると思われます。⑤⑥はAWS/Google/MS等のプラットフォーマーが強さを発揮していますが、特に⑤の部分は各種データ変換ツール等(一般にETLと呼びます)は、様々なETLメーカーが存在しており、プラットフォーマー単独ではなくプラットフォーマーとETLメーカーのコラボレーションが生まれています。

 

そして⑦のコネクティビティは5Gが注目をされるところですが、ここについては既存のネットワーク会社、ネットワーク機器提供会社がこれまで通り、機器やサービスを提供していくことになるでしょう。そして⑧のセンサーは前述の通り多くのメーカーがひしめく世界になります。

 

このように考えると、プラットフォーマーと呼ばれる会社は市場の広がりとともに成長は続けると思いますが、「IoTビジネス」というくくりで見たときの覇者というものは生まれないと思います。IoTビジネスに参入する各社は、細分化した市場の中で得意分野を見つけ、その中での勝者を目指すことになるでしょう。

 

読者の皆さんから見ると、つまらない結論かもしれません。しかし、IoTを構成する①~⑧の層をすべて1社で網羅することは困難ですから、結果的に多くのステークホルダーが発生することになり、利益を生みにくい構造になってしまうのです。なので、“IoT”というバズワードに踊らされるのではなく、市場を見極め、自社が勝てる領域で勝負するという通常のアプローチが重要になるのだと思います。

 

実はこれは、IoTを利用する立場から考えた場合も同様の事が言えます。

 

私の好きなビジネス書の一つにジム・コリンズの「ビジョナリーカンパニー」という名著があるのですが、その中で、偉大な企業に飛躍する企業は3つの項目を掘り下げて考え、その3つのエリアが交わる領域に資本と労力を投下し続けていると言っています。その3つとは

 

A.自社が世界一になれる部分はどこか(得意な部分ではない。“世界一”になれる部分)
B.経済的原動力になるのは何か(追求すべき “X当たり利益” は何か)
C.情熱をもって取り組めるのは何か

 

これだけだと、分かりにくいかもしれないので、皆さんご存知のカミソリメーカーのジレットのケースを紹介します。

 

A. 自社が世界一になれる部分はどこか:
高度な製造技術を必要とする日用品の世界的ブランドを確立する点で世界一になれる。具体的には、第一に耐久性が極めて高い製品を低コストで大量に製造する能力があり、第二に、世界的な消費者ブランドを築き、カミソリの「コカ・コーラ」になる能力がある。

 

B. 経済的原動力になるのは何か
これは、Aの特徴を最大限生かした数値を設定したもので、ジレットの場合は「顧客1人当たり利益」でした。これは、顧客当たりの反復購入と、製品1個当たりの利益の多さの力を認識した上での目標値であり、Aのブランド力と低コストの特徴を生かした目標値となっています。



 

C. 情熱をもって取り組めるのは何か
偉大な実績への飛躍を遂げた企業は、「会社の事業に皆で情熱を傾けよう」と呼びかけるのではなく、自分たちが情熱を燃やせることだけに取組む方針を取っているということです。当時のジレットが“技術的に高度で比較的高価な髭剃り用製品の開発を選択し、薄利多売の使い捨て型製品での戦いから抜け出したのは、安価な使い捨てカミソリの事業には情熱を燃やすことができなかったからだということです。

 

そして、これらA,B,Cの領域が交わる事業に集中し、磨き続けることで、まるで大きな石を押し続けたときのように、最初は動かなかった石が、ゆっくりゴロリと動き始め、徐々にその速度は増し、ついにはその重さ故、転がる石は誰も止める事ができないほどの勢いで進んでいくような状態、つまり飛躍を遂げた状態に至るのだというのです。

 

酒屋の“カクヤス”は、安さと利便性を追求するために、宅配できるエリアを増やすべく店舗数拡大を続けました。そして宅配できるエリアが遂に東京全23区を網羅したとたん、「酒の宅配ならカクヤスだ」という認識が一気に定着し、売り上げが急増したという話などは、まさにこの大きな石が転がり出した瞬間を連想させますよね。

 

“IoTを利用して何かをする”という発想ではなく、A/B/Cが交わる領域を徹底的に磨き続ける活動の中で、大きな石を前に転がすことに活かせる技術な何かあるか・・・ということを目を皿のようにして探し続けるという姿勢が飛躍を呼ぶのだと思います。その姿勢さえあればバズワードは嫌でも目に入りますし、特にIoTに関して言えば、このブログに書いた、IoTが注目され始めた経緯や、IoTを構成する8つの構成要素を理解していただければ、だいたいIoTで何ができるかのイメージはつかめるはずですから、あとはA/B/Cを磨く道具として妥当な投資で必要な機能を実現できるかを、各メーカー等の協力得つつ検証し採用すべきか否かを決めればよいわけです。

 

先にご紹介したカクヤスを例に考えると、大きな石が転がり出して23区内からの宅配注文が急増したのであれば、次には人件費を増やさずに、より多くの宅配こなすために配達車にGPSをつけて効率的な配車を実現しようといった発想をしてもおかしくないですよね。これも立派なIoTですが、IoTが先にある訳ではない訳です。

 

ITの世界に長く身を置く私が、こんなことを言うと怒られてしまうかもしれませんが、IoTやAIについてそれのビジネス的な本質を理解して提案している営業は3割もいないのではないかと思います。最近のIT業界を賑わせている、IoTやAIといったものは、固定された一つの機能を提供するものではありません。だからこそ、利用者側がどのように活用できるのかをイメージすることが重要になります。その為には自社のビジネスの本質を理解し、それを後押ししてくれるものか否かを考えることが重要だと私は考えます。その為、このブログでは敢えて、過度に“IoT”そのものにフォーカスる事は避け、皆さんのビジネスの本質に焦点を当ててみました。