39.顧客との関係構築(新規編)

ここ何回かは、最近の旬なネタを扱ってきましたが、ここで改めてビジネスの基本ともいえる、顧客との関係構築をテーマとして扱い、皆さんと考えてみたいと思います。



 

新しいお客様に初めて会うときは、皆さんどのような心づもりで臨むのでしょうか?「偏屈なお客様でなければいいなあ」と不安を心に抱えながら面談の場に向かう人もいれば、「絶対にこの話をまとめてみせるぞ!」と意欲満々で臨む人もいることでしょう。初めてのお客様に会う前の心構えとして、何が正解かという事は言えませんが、私の場合は、

 

「このお客様の事業の成長に貢献するぞ」

 

という事を考えます。もちろん案件の規模により、そこまで大げさに考えるのは難しかったり、案件の難易度によっては多少の不安があることも否定できませんが、基本はその案件を通してお客様をHappyにするぞという気持ちで臨んでいたことは確かです。何故、そのように考えるようになったかのきっかけは忘れちゃいましたが、そのように考えると、非常に前向きになれるし、不安もなくなるんですよね。何せ、相手をHappyにする為に出向くのですから、“感謝されることはあっても嫌悪されることはないだろう・・・”という気持ちになる訳です。

 

ただ、それと同時に相手をリスペクトする気持ちを持つことも重要です。実際、Happyか否かを決めるのはお客様自身ですから、お客様の考えや課題を正しく理解し、尊重しなくてはならないはずです。「Happyにするぞ!」という前向きな気持ちと、リスペクトする気持ちがバランスを保った時に、お客様から見ても自然体に映り、スムーズに会話に入れるのだと思います。

 

出会う前の心構えができたら、次に大事なのは第一印象です。やはり新しいお客様の場合は、最初に関心を惹かないとビジネスにはつながりにくいですから、ここは非常に重要です。私の体験談ばかり話して、自慢話のようになってしまうのも本意ではありませんから、今回は私に不動産投資の売り込みをしてきた営業さんの例を挙げてみたいと思います。

 

不動産投資やマンション経営とかいうと、ご自身も営業の電話を受けた経験があるという方も、結構いらっしゃるのではないでしょうか?「怪しい」とか「危ない」といった印象をお持ちの方も多いと思います。私もそうでした。多くのケースは、新築の物件をもってきて、“節税になる”とか、“将来の家賃収入を年金代わりに”といったうたい文句で売り込みをかけてきます。悪い事例として紹介されるケースは、不動産購入当初から数年は、経費計上できる額が大きいので確定申告後に数十万の還付金が得られて、お得感満載なのですが、その後は経費計上できる費目がなくなり、還付がなくなった後はローン負担に苦しむことになるというようなものです。しかしこの程度の事は当時の私も調べて知っていたので、最初の面談は多少の警戒心をもって臨みました。

 

しかしその物件は債務不履行に対し行使された抵当権を通して、債権者が取得した不動産を安値で買い叩いたものしたので、私に対する提供金額も安く抑えられていました。その為、私のローン負担分を差し引いても、年利6%程度となる家賃収入が得られるというお得物件だったのです。月々のキャッシュフロー上の負担が全くないというスキームは、私の関心を惹くには十分でした。
また、昔読んだロバート・キヨサキさんの「金持ち父さん 貧乏父さん」の中に不動産投資のくだりがあり、そこでは、

 

“不動産投資は良い物件を安値で買う事が最も重要であり、勝った瞬間に利益が約束されているような物件でなければならない。”

 

と書かれており、これを覚えていた私は、“安い金額で取得でき、家賃保証されている為に家賃収入も約束されていて、且つその収入はローン負担よりも高い”ということでまさに本に書かれていたパターンに一致すると思ったわけです。

 

このように、最初に相手の関心を惹きつけるネタを用意しておくと、その後の商談が進めやすくなります。しかし、この不動産投資も場合もそうでしたが、投資金額がそれなりの額になる場合は、即断はできませんから、その後の信頼関係の構築の方が重要になります。

 

正直に言うと、その時の私はその不動産物件に興味は持ちましたが、買う気はさらさらありませんでした。当時の奥さんが反対するだろうな・・・という気持ちもありましたし、何より“そんなうまい話がある訳ない”とも思っていたからです。担当の営業の印象が良かったので、商談は引続き受けることにはしたのですが、どのタイミングで断ろうかとずっと考えていました。なので、

 

“ずっとマンションを持ち続けた時に、家賃が下がるリスクはどのくらいあるのか?”
“中古マンションでは転売時には値崩れするのではないか?”

 

等々、様々な質問をぶつけたのですが、その営業は、その地域の不動産物件の値動きに関するデータや、様々な資料をもって説明をし、1つずつ私の疑問に答えてくれました。

 

「このままでは、買う事になってしまう!」

 

と感じた私は、ある日の商談の時に、

 

「これ以上商談は続けられない。本日でこの話は終わらせてほしい」

 

と申し出たのですが、相手は少しも慌てず、

 

「なぜ商談が続けられないか、理由をお聞きしても良いですか?」

 

と私に問いかけた後はだまって私の回答を待っている様子でした。その日まで何回も商談を重ねてきた経緯もあるだけに、理由もなく終わらせるのはさすがに失礼かと思い、不安に思っていることを告げると、またこれまでと同じように資料をもって説明するという事がその後も繰り返され、最終的には、リスクは“大規模震災”のみ・・・というところまで絞り込まれました。そして、地震に対しても、建物の構造の説明、地盤の説明や保険に関する説明もなされ、私は完全に彼を信用するようになったのです。最後は私の奥さんまで説得してくれました。

 

彼は、特に弁が立つわけでもなく、やったことは以下の2つだけです。

 

・私にとって利益になる物件を提案する
・私の疑問に一つ一つ丁寧に答える

 

恐らく彼は、この物件は必ず“私の利益になる”という自信と信念があったのだと思います。それがあったので、一度は断りの言葉をぶつけられても、それを跳ねのける事ができ、最後は私の相談に乗る形で、家族の説得までしてくれたわけです。
ちなみに、その物件は10年程度持ち続けた後、転売に成功し、トータルの収支は+300~400万程度で、個人的には非常に良い投資だったと思っています。

 

私の経験上でも言えるの事なのですが、諦めずに続けることによりチャンスに近づくことはできますが、そのチャンスを手中に収めるには、相手(お客様)の目線で考え続けることが必要であり、その努力の蓄積が臨界点を超えた時に奇跡が起こったりします。その奇跡はゆっくり起こることもあればある突然起こるときもあります。最後に、その奇跡の様な体験談を2つご紹介させて頂きます。

 

最初の事例は、HCIと呼ばれる、サーバーとストレージをパッケージしたような機械を提案する案件でした。その時所属していた会社はメーカーではなかったので様々なメーカーのHCIを提案することができたのですが、我が社はA社との関係が強く、ノウハウもあったために、担当の営業はA社のHCIを提案していました。しかし世の中的にはB社のHCIの方が人気も実績もあり、お客様もB社に傾いていた様子でした。担当営業とお客様の関係は良好であったからか、お客様はチャンスをくれたのでしょう。

 

「A社のHCIではなく、B社のHCIを提案してくれないか」

 

との言葉を頂いたのです。我々は悩みました。というのも、その時の競合もB社のHCIを提案している可能性が高かったことと、A社HCIのノウハウを持つ弊社は、B社に切り替えることで優位性を失う可能性があったからです。そこで、改めて行ったことは、お客様のNeeds(このプロジェクトで実現したい事)の再確認と、A/B両社の性能比較です。我々の評価は、A社のHCIの方がお客様のNeedsに応えられるという事でした。

 

その後我々は1本のメールをお客様に送りました。その中で我々が述べたことは、

 

・B社製HCI提案のチャンスをくれたことのお礼
・お客様のNeedsについて
・お客様のNeedsに応えるために、B社は提案せずA社HCIの提案を継続する事

 

でした。その後矢継ぎ早にお客様との会議が複数回持たれ、何回かの交渉を経て、なんと我々は受注にこぎつける事ができたのです。その後お礼のディナーをセットしたのですがその席で、

 

「B社で行く予定でしたが、あのメールがきっかけで変わりました。そこまで考えた上でA社を押すのなら、我々も、もう一度きちんとA社の製品を評価しようということにしたのです」

 

と言ってくれたのです。私はこれについて、あくまでお客様のNeedsから目を離さなかったからこそ起こった奇跡だと思っています。

 

最後の事例は、TV会議システムの提案を巡っての出来事でした。実はこの案件、我々はショートリストはされたものの、最終審査で失注したのです。しかし提案内容は評価を頂けていたようで、

 

「他社を選定した理由に関心があれば、説明させて頂きます」

 

と仰っていただきました。せっかくだから聞きに行こうと決めて、伺ったところ、案件を獲得した会社は日本の会社でしたが、提案していた製品はファーウェイ社製のものでした。その当時は問題なく取引されていたのです。しかし国際政治に興味がある私は、様々なニュースを通して、米国がセキュリティ上の問題からファーウェイ社製の通信機器を排除する事を決めたことを知っており、近く同盟国もこれに習う可能性があると思っていたために、どのようにお伝えするか思案した上で、以下の様に伝えました。

 

「これは負け犬の遠吠えと思って聞いていただいて結構です。実は米国はファーウェイ社製の機器を安全保障上の懸念から市場から排除する事を決めました。近く同盟国である日本もこれに習う可能性があります。発注先が日本の会社であるなら、万が一の際に、御社が不利益を被らないように、何らかの言質を取っておくことをお勧めします」

 

とだけお伝えして、その会社を後にしました。それからほんの数日後に、菅官房長官が記者会見で、ファーウェイ社製の通信機器を排除する旨の発信をしたのです。驚くことにその直後、お客様から、先日の入札はやり直しとするとの発表があったのです。

 

先にお伝えした情報は、私が知っていたという体ではなく、自社がグローバル企業なので、米国の事情も入手しやすいという理由にしておいたことが、功を奏したのかどうかはわかりませんが、その後急速にお客様との距離が縮まり、最終的には受注に至りました。

 

私も様々な経験をしておりますが、失注した案件を取り戻したのはこの1件だけですね。さすがに私も、ひっくり返ることは期待せずに、純粋にお客様が不利益を被らないように、という思いでお伝えしたことが良かった・・・神様が見ていたとしか思えない経験でした。

 

今回は、お客様との関係構築(新規編)として書かせて頂きました。これは簡単な事ではなく、不断の努力が必要なのですが、その軸はシンプルであり、お客様の利益になるものを提案し、お客様が納得するまで説明を繰り返すだけです。その純粋な努力が十分続けられたときに、奇跡が起こったりします。