55.リスクに対抗できる業態を目指して

中国の習近平国家主席が公に新型コロナウィルスに関する情報を2020/1/20に開示してから、はや半年が過ぎた。現在もPCR検査の陽性者数が過去最高を更新した旨の報道が連日のようになされているが、一方で新型コロナウィルスの弱毒仮説や集団免疫獲得説も聞こえている。その様な状況下において私は、個人的には当該ウィルスの危険性は下がっているという立場をとっています。




京都大学大学院医学研究科の上久保靖彦特定教授は、日本は既に集団免疫を獲得しているという論文を発表しており、記者会見等積極的に研究内容を開示している。説明の内容には専門的な用語も多数用いられている為、客観的に正しいか否かを私自身が独自で判断することは難しいのですが、上久保教授は、この論文を単に否定するのではなく「是非、各先生方に検証していただきたい」と仰っている姿勢を見ると、少なくとも上久保教授自身は心の底から自説が正しいと自信を持っているのだろうと感じました。

 

また、厚生労働省が発表しているデータをもとにグラフ化しているサイトが東洋経済オンラインの中にあるのですが、これをみると確かに1日当たりの検査陽性者数は過去のピークであった緊急事態宣言が発せられた4月7日直後の800人弱を大きく超えて、7月末時点では1300人程度になっている。しかしこれはPCR検査数を大幅に増やしている事によって発見した、「ウィルスが喉に付着している人の数」であり、この値が統計的に増えるのは当たり前ですし、実は陽性者数の8割以上は無症状者だと言われています。

 

そこで、本当の危機の度合いを示す1日当たりの死者数を見ると、ゴールデンウィークのあたりがピークで20人程度の平均値(最高1日当たりの死者数は49人)であったのに対し、7月は最高でも3名です。客観的にみても、少なくとも日本は新型コロナウィルスによる直接的且つ深刻な危機は治まっていると判断するのが妥当だと感じています。

 

しかし一方で、このウィルスが人々の心に与えた影響は深刻で、3密回避等の行動パターンは一部は不可逆的なものになってしまうかもしれないと感じています。つまり、これからの本当のリスクは、この不可逆的かもしれない変化によってもたらされる経済的ダメージだと考えています。そこで本日は、我々はこのリスクに対してどう対抗していけるのかについて、皆さんと考えてみたいと思い、テーマとして取り上げました。

 

皆さんご存知の通り、居酒屋などを始めとする外食産業は、来客数が激減して大きなダメージを被っています。ところが外食産業でありながら、この影響を比較的軽微に抑えている企業があります。それは”吉野家”です。

 

実は7月30日付で吉野家ホールディングスが2021年2月期第一四半期の決算発表資料を開示しています。吉野家ホールディングスには“うどんのはなまる”等複数の事業がありますが、注目したのは牛丼の吉野家です。以下の図を見るとわかる通り、売上の前年比は緊急事態宣言下においてもほぼフラットを保っています。

これだけ人々の行動パターンが変わったにもかかわらず、業績を維持できている理由として、2つの事が挙げられると私は考えています。

 

1つ目の理由は、“日常化”です。
レストランや居酒屋と比較して、吉野家で食事をする人は、日常の行動の一部として、いつものように吉野家で食事をしているということです。

 

「今日は久々に飲みに行くか!」とか、
「今日は美味しいものを食べに行きましょう!」

 

といった日常とは少し違う行動は、不要不急のものとして避けられてしまった訳ですが、日常の行動としての位置づけであった吉野家は比較的影響を受けにくかったのかもしれません。居酒屋を見ても、近所の常連客が毎日来ているような店は、営業再開してからの客の戻りは早いように見受けられますので、“日常化”された行動パターンと結びついている経済活動はリスクへの対抗力が強いのかもしれません。

 

2つめの理由は、提供方法の工夫です。
外食/内食/中食という言葉をご存知ですか?これらの言葉は以下の意味を持ちます。

 

外食:食堂やレストラン等へ出かけて食事をすること
内食:家で素材から調理したものを食べること
中食:外食と家庭での料理の中間にあり、惣菜や弁当などを買って帰り、家で食べること、あるいはその食品のこと

 

吉野家はテイクアウト、デリバリー、レトルトに力を入れ、4~5月の対前年比は150~200%の売上を計上しておりコロナ禍の影響を最小限にすることに貢献しています。

 

このように、“日常化”と“提供方法の工夫”によって他のビジネスもこの危機を乗り越え、そして再び来るかもしれない次の危機に対する対抗力を備える事ができるのでしょうか?

 

この事を考える前に、すこし寄り道をさせて下さい。少し話は飛ぶのですが、戦前と戦後を比較すると日本人の食文化は大きく変化をしています。戦前は日本人の多くが「米」から栄養を摂取していました。しかし戦後から21世紀に移り日本人は米以外にパンや肉・卵等からも多くの栄養を摂取するようになり、栄養摂取比率は以下のように変化しています。

 

1938年 米による栄養摂取比率:60%
2006年 米による栄養摂取比率:20%

 

なぜ、たった70年でここまで食文化が変化したのでしょうか?その理由は以下の様な経緯をたどったのです。

 

1952年:サンフランシスコ講和条約(日本の独立の回復)
1954年:米国 余剰農産物処理法の施行
1955年:余剰農産物協定の締結

 

第二次大戦直後、世界で唯一大幅な成長を遂げた米国は農産物においても生産力が過剰になり、一方で日本をはじめとする世界の各国は経済も生産能力も落ち込んでいました。このGAPを埋める目的で米国の余剰農産物を各国に提供する枠組みを決めたものが余剰農産物処理法です。具体的には日本では学校給食法としてパン食が強制的に導入されました。さらにこの動きを加速するべく、戦後の経済の落ち込みにより、外貨不足に陥っていた日本に対して、日本円通貨での食料品輸入決済を認めたものが余剰農産物協定です。

 

この流れを、米国が日本の食料自給率を下げさせ、実質的支配を続けるための陰謀だと片付ける事は簡単ですが、私が注目したいのはその裏にある米国農家たちの努力です。米国農家達は上記の法施行、協定締結を奇貨として日本への進出を実現しますが、洋食の普及を促すために、洋食のレシピの普及活動等、様々な企業努力を経て日本の食文化を変えていったのです。そしてこの活動に大きく関わったのがワシントン州、アイダホ州、オレゴン州の農家達です。実はここの農家達は、米国中心部に農産物を売りたかったのですが、ロッキー山脈が物流上のネックとなり、東部の農家に対してコスト競争力が持てなかったのです。そこで彼らが目を付けたのが”日本の市場”という事です。

 

不利な条件下にあっても、視野を広げ、創意工夫をすることにより打開できるという思いを皆さんと共有する為に引用させて頂きました。

 

さて、話を“日常化”と“提供方法の工夫”に戻しますね。ここからは頭の体操です!一緒に幾つかの例を考えてみましょう。外食産業以外でコロナ禍の影響を受けた産業の一つにトレーニングジムがありましたよね。これに“日常化”と“提供方法の工夫”を適用すると何ができるでしょうか?緊急事態宣言解除後も近所のジムに人が集まっている様子はありません。退会が進んでしまったのでしょう。

 

どのような工夫がなされていたら、コロナでジムに行けない期間においても退会を抑えられたのでしょうか?
“日常化”を進める方法を考えてみます。答えは一つではありませんから色々考えてみてください。例えばジムに入ると最初に必ず体重、体脂肪率、血圧等様々なデータをチェックするような仕組みになっていて、そのアウトプットに対して、トレーニング上のヒントや食生活上のヒント、さらにはトレーナーと数値目標を共有し、上記ヒントと結びつけるようなサービスが標準でついていたらどうでしょうか?ちょっとさぼると数値がどうなるかが気になって、ついジムに行ってしまうという中毒性というか、つまりは日常化が進むと思いませんか?

 

緊急事態宣言下でジムに行けない時は、各会員は数値が測れなくてストレスと感じるかもしれません。今や、様々なデータはスマホで取得、管理できるようになっていますから、ジムの会員には無料でアプリを配り、一口アドバイスもアプリを通じて提供し、家でできるトレーニングメニューを動画で提供したり、場合によっては小規模なトレーニング器具を販売する事業を展開しても良いかもしれません。それによって営業自粛期間のマイナスを抑えられたかもしれないし、宣言解除後の客足の戻りを早める事ができたかもしれません。

 

このように“日常化”を進める工夫と、“サービスを提供する方法を多様化する”事で、会員とのつながりを維持する事が可能になり、退会を抑える事に貢献するのではないでしょうか?少なくとも何もしないよりは効果はあると思います。

 

さあ、次は不動産を考えてみましょう。オーナーを含む不動産業界の人たちは家賃収入がありましたから、コロナ禍の影響は比較的少なかったはずです。しかしながら皮肉なことに、家賃の支払いに耐えきれず廃業し、結果的に空きテナントになってしまったり、リモートワークが常態化しオフィススペースも縮小してよいのではないかという議論が出てきていることを考えると、不動産業界にはこれからが本格的な危機なのかもしれません。この業界は完全にパラダイムシフトが起こってしまったと考えるべきかもしれません。つまり”日常化“を考えるのではなく、”日常“が変わってしまったのでその日常にどう対応すべきかを考えるべきでしょう。

 

例えば、家賃の支払いに耐えられず店を閉じた企業には多くのレストラン等が含まれるでしょう。彼らをどうやって呼び戻すことができるでしょうか?これを考える上でヒントになるかもしれない興味深い記事がありましたのでご紹介します。

 

焼き肉のファストフードを標榜するチェーン店「焼肉ライク」に関する記事です。この店は外食産業でありながら、この不況下においても積極的に多店舗展開を進めているようです。何故このような積極投資ができるのでしょうか?皆さんもご覧になったことがあると思いますが、比較的新しい焼肉屋さんには個々のテーブルに煙を吸引する換気扇がついてますよね?彼らはこの「換気力」を利用して、

 

「ウチではこの“喚起力”があるので3密になりません!」

 

というイメージ戦略を展開しており、これが功を奏しているというのです。面白いですね。比較的投資余力がある不動産業界は、このような「換気力」を売りにするようなテナントを開発し、多数の飲食店を誘致するなどしたら、Win-Winの関係を築けるかもしれませんね。

 

“日常化”と“提供する方法の工夫”は、実は様々な産業に応用できます。例えは、私の会社の主な事業はSaaSなのですが、SaaS型事業の事業計画を考えるときには一定のチャーンレートと呼ばれる“解約率”見込む必要があります。逆に言うと、このチャーンレートをいかに低く抑えられるかが、どんどん儲かる会社になれるか否かのキーになる訳です。なので、SaaS企業は如何に日々、日常的に使っていただけるかの工夫を続ける必要があります。限定的機能に留まると、競合の出現やパラダイムシフトにより簡単に何かにとってかわられてしまうかもしれないので、継続的に機能を追加して利用シーンを広げる努力が必要です。

 

中小企業向けSaaS型会計ソフトを提供するFreeeは順調に成長しているようですが、この企業も随時機能を拡張しています。今では会計のみならず、人事労務のソフトも提供しており、企業が日常的に利用するシーンを増やしています。さらに会計と人事労務が連携するような動きをすれば、ユーザーから見れば、簡単に一方のソフトも切り替える事が難しくなるわけです。余談ですが、このような取り組みを欧米のビジネスマンたちはStickiness(粘着性)を高めるという言い方をします。

 

いずれにせよ、世界においてコロナの影響を受けていない産業などゼロに等しいわけですから、我々はこれを嘆くのではなく、これを好機と捉え“日常化”と“提供する方法の工夫”を通して、この不可逆的変化を乗り越えて行かねばなりません。特に影響を受けた“食”は日本の強みでもあります。また、私は日本の冷食技術は素晴らしいと思っています。葉物野菜でさえおいしく食べられる冷食があるわけですから、冷蔵技術を持つ会社、冷食加工の技術を持つ会社、冷凍・冷蔵運送を提供できる物流企業そして食を提供する企業がコラボすることによって世界を席巻する市場を作る事だって可能だと私は思っています。

 

折角のこの機会に、様々な角度から“日常化”と“提供する方法の工夫”を考えてみて、皆さんの才能を開花させるきっかけにしちゃいましょう!!