74.地政学とビジネスの関係

皆さんは“地政学”という言葉を耳にしたことは有りますか?政治や安全保障に多少なりとも関心があるという方であれば、目にしたり耳にしたことがあると思います。




地政学を一言で表現する事は難しいのですが、私が尊敬する国際政治学者の藤井厳喜先生によれば、地政学とは

 

「国家・地域を単位として、空間をいかに支配するかを探求する実践的な学問」

 

と定義されるようです。地政学がいうところの「空間」とは、伝統的に海と陸ということになります。そして、海を支配する “Sea Power” (海洋国家=イギリス、日本、アメリカ)と、陸を支配する “Land Power” (大陸国家=ロシア、ドイツ、中国)という概念上の2つの分類が生まれました。Sea Power(海洋国家)は特定の海洋を支配するのに適した立地にあり、且つこれを支配する事で軍事的且つ経済的な優位性を保とうとし、Land Power(大陸国家)は特定の大陸を支配するのに適した立地にあり、且つこれを支配する事で軍事的且つ経済的な優位性を保とうとします。

 

アメリカは少し特殊な環境でもあるので、分かり易い代表的な海洋国家としてイギリスと日本を比較してみたいと思います。

日本の東側には広大な太平洋が広がっています。ここでの日本の立地上の優位性は何かと言うと、他国の脅威をほとんど受けることなく、太平洋側の豊富な海産物や海洋資源を取得する事ができるという点です。また、太平洋側の港からは、他国からの妨害を心配せずに国外に向けて出航ができます。イギリスも同様に、西側に広大な大西洋が広がっており同様の優位性を確保しています。この目の前の海洋を簡単に支配できるという優位性を核として、世界戦略を考える事ができるのが海洋国家という事になります。

 

一方で、大陸国家は他国の海軍が河川を遡ってきても辿り着く事ができない陸の中心地があり、ここを絶対に安全なコアな地域として、そこを中心に世界戦略を考えるという特徴を持っています。

 

先に述べた“空間(陸と海)をいかに支配するか”を追求する手段を選択する際に、地理的条件は最もその選択に影響を及ぼす要素の1つになるために、海洋国家と大陸国家と言う概念が生まれたのだと私は理解しています。つまり地政学とは、そもそも各国が予め保有している有利な条件を活かしつつ、覇権を広げるために取りうる手段を適切に選択する為の学問ともいえるのだと思います。そこで、この概念をもう少し具体的にイメージする為にもう少しイギリスと日本の関係を見ていきたいと思います。

 

日本においてもイギリスにおいても海洋の反対側を見ると、大陸からの脅威にさらされていることが分かります。第一次大戦や第二次大戦の時代を想定すれば、日本に対する大陸からの脅威とはロシア、中国になりますし、イギリスにとってはドイツ、ロシアということになります。この特徴における日本とイギリスの違いは、イギリスと大陸の間にあるドーバー海峡は非常に穏やかな海で、容易に大陸から渡って来る事ができるのですが、一方日本と大陸の間にある日本海は元寇の2度の失敗の歴史からもわかる通り、台風の通り道であったり、そもそも非常に潮の流れが速いという特徴もあり渡ってくることが困難だということです。

 

このような状況下において、イギリスがとった戦略は、大陸を1つの大国に支配させないという事でした。大国がまとまってしまうと、次はドーバー海峡を渡ってきてしまう恐れがあるからです。その為、ナポレオンの出現により台頭したフランスを討ち、第一次大戦ではドイツを叩き、大陸を支配させることを阻止しました。一方で日本は、日露戦争勝利後、できれば韓国とは友好関係を持ちつつ独立国となってもらうことが望ましかったはずです。なぜならそれが実現すれば韓国が緩衝地帯となり、中国からの脅威をやわらげる事ができるからです。しかし当時の韓国の王朝には統治能力が無いと判断され、日本が統治することになりました。結果、日韓併合により、韓国が日本国化したために、別の緩衝地帯を作るために日本は満州に攻め入ったわけです。さらにそれにとどまらず、中国国内を深追いしすぎてしまい、兵站が伸びきってしまい兵力が分散してしまっているさなか第二次世界大戦が勃発し、後に敗戦を迎える事になります。

 

ここで、議論をし易くするために、地政学上の基本的用語を少しだけ整理してみたいと思います。

 

ハート・ランド(Hart Land)
ユーラシア大陸の中央部、そして最深部。北極海に注ぐ川の流域、並びにカスピ海、アラル海に注ぐ川の流域。ここは海洋国家の軍艦が川を逆上ることのできない地域であり、それゆえにハート・ランドは大陸国家の聖域となります。英国の学者のマッキンダーは「ハート・ランドを制する者は、世界を制する」と主張しました。

 

ワールド・シー(World Sea)
ハート・ランド理論の海洋版がワールド・シー理論となります。

 

リム・ランド(Rim Land)
これはハート・ランドの「周辺地域」の事で、日本やイギリスが典型的なリム・ランドとなります。リム・ランド重視論者は、空軍力の発達を考慮し、「リム・ランドを支配するものがハート・ランドを支配する」と主張しました。

 

マージナル・シー(Marginal Sea)
「マージナル・シー」(縁海)は、大陸の外側の孤状列島・群島・半島によって囲まれた海のことです。日本周辺には、北からベーリング海、オホーツク海、日本海、東シナ海、南シナ海と「縁海」が並んでいます。「縁海を支配するものが世界を支配する」とマージナル・シー理論化は主張しています。

 

ここで、海洋国家のお手本として、イギリスが第一次世界大戦前の黄金期にどのように世界を制していったかをおさらいしてみたいと思います。先にも述べた通り、イギリスは欧州大陸を単一の国家が支配しないように干渉しつつ、一方で大陸の脅威を受けることなく大西洋を通り、ジブラルタ海峡から喜望峰、中東・インドの要港、マラッカ海峡から香港に至る海上交通の要衝の地を支配下に置きました。ここで注目すべきは、これらのリム・ランド及びマージナル・シーの支配は、「自由貿易と自由港」を守ることを目的としていて、海軍力は、経済支配活動を保証する為に活用されたという事です。言い換えれば、イギリス海軍の海上覇権というものは、イギリス本国の人々の生活を豊かにするために有利な交易システムを維持する為に存在したという事になります。これによって植民地化したリム・ランドの各国から一次産品を輸入し、工業国であったイギリスが加工・輸出し経済発展を継続する事ができた訳です。

 

少し政治的な話になってしまいますが、ここで我々日本人が気付かなくてはいけないことがあると思います。例えば日本は中東から石油を日々大量に運んでいます。ご存じの通り中東は政治的に不安定な地域ですから、頻繁に緊張状態になるのですが、その時に日本政府は自衛隊すら派遣する事が迅速にできません。我々日本人は、そろそろ無条件に争いごとを忌避することは止めて、自衛隊を日本国の人々の生活を豊かにするために有利な交易システムを維持する為の重要な存在として認識出るようにしなくてはいけないのではないでしょうか。

 

これまで述べた地政学について簡単にまとめると、国家は、近隣の脅威が強大化しないように常に干渉し、障壁を設け、一方で自身が持つ有利な条件を活用し、世界の資源と自国の資源を有利な条件で交換できるように、航路を確保し、その航路を活用し交易し自国を潤し、同時にその航路を独占的に利用する事で、他国の交易を阻害し、他国に対する支配力を強化していくという一連の行為を通して発展していく。私はこの考え方はビジネスにも応用できるだけでなく、今後のビジネスを考える上で、国際政治の情勢も意識する必要があるという事を気付かさてくれると思います。

 

例えば、ビジネス界における競合においては、潜在的な敵が強大になる前に敵対的買収を試みたり、参入障壁を高めたり、海外展開をするときには各国の法人間で資源(人、モノ、金、情報)を効率的に移動、交換する為に物流の仕組みや、キャッシュマネジメントシステムを構築し、且つその優位性を競合が享受できないように、有利な契約を物流企業と締結したり、あるいは物流の仕組み自身を自前で用意すると言った意思決定をしていく…という事が欧米企業では当たり前に実施されています。さらにこれらの一連の活動が安全に実施されることの必要性を意識した時に、安全な物流や安定した供給を期待すべきサプライヤーを確保するには、中国や中東に過度に依存せずにリスク分散する必要性に気付くべきですし、情報漏洩のリスクを避けるために安心して利用できるネットワークの選定にも気を使う必要があり、さらには社員自身も情報の漏洩の窓口にさえ成りうる訳ですから、信頼できる社員を確保する為に関与を避けるべき国の有無についても神経を使う必要が高まっていると感じています。

 

日本の会社には戦略が無いとよく言われます。また(最近は個人情報漏洩による風評被害を避けたいがために、ITセキュリティへの意識は高まってはいるものの)、情報そのものを価値ある守るべき資産として管理するという意識は、日本の企業は外国企業と比較して高いとは言えません。私は、この事の理由の多くは、日本が戦後70年に渡って戦争というモノから目を背け続けていたからだと感じています。何故ならば、外国企業がとる戦略は、文字通り、国軍の戦略を参考にしたもの多いのに対し、日本の場合は企業が軍のノウハウを得る機会がゼロであるからです。

 

現在では経営学の発展により、軍事的な戦略論は十分に研究され経営に活かされるノウハウとして定着し、日本の企業もこれを学ぶことは容易にできる環境が揃っています。しかしながら最新の技術や戦略を国軍から学ぶ環境は今でも日本にはありません。

 

敗戦直後の日本は、枢軸国扱いをされていましたから、二度と牙をむかないようにするための”日本国憲法”をGHQから押し付けられましたが、サンフランシスコ講和条約締結後の60年間で第二次世界大戦の賠償金は完済し、日本の戦後は終わったと言われているだけでなく、今では米国を中心とする西側諸国(民主国家)に対する脅威として中国がものすごい勢いで台頭しているために、日本は経済だけでなく、軍事的にも西側諸国(民主国家)の一員として機能する事を期待されています。これは日本が本来の独立国となる最大のチャンスであるだけでなく、日本企業が最先端の戦略や技術を継続的に吸収する機会を得る事にもつながると期待しています。

 

私は思いやりがあり、調和を重んじる日本人の特徴が大好きですが、グローバル経済においては敵は海外企業であり、これらが当たり前に仕掛けてくる地政学的なしたたかなアプローチを我々も十分理解しておかないと、おいしいところは全部持っていかれかねません。日本の良さを世界に広げる為にも、戦略的なモノの考え方を学び続け、十分に対策できるようにしてていく必要がある事を、今回地政学を学ぶ過程で気付く事ができましたので、本日はこれをブログのテーマといたしました。