10.働き方改革の功罪

本日は日本中で様々な取り組みがなされている“働き方改革”に焦点を当ててみたいと思います。読者の皆さんの会社でも何らかの取り組みはされているかと思いますが、それは社員にとって、会社にとって意味のある形で進んでいるでしょうか?



 

“働き方改革”の名のもとに、様々なITソリューションが登場していることもあり、華々しい成功事例もあるようですが、一方では9割の企業は失敗しているといった記事も目にします。なぜ失敗するのか?成功するにはどうしたらよいのかについて思考する前に、まずそもそも“働き方改革”とは何かについて整理したいと思います。

 

“働き方改革”とは政府の重要政策のひとつであり、厚生労働省がイニシアティブをとっています。これが重要政策の一つになっている背景は、

 

・少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少
・育児や介護との両立など、働く方のニーズの多様化の必要性増大

 

です。この課題を乗り越えるために、投資やイノベーションによる生産性向上とともに、就業機会の拡大や意欲・能力を存分に発揮できる環境を作ることが重要であるという事です。と、ここまでは十分納得できる方向性だと思います。さらに踏み込むと、“働き方改革”は2つのポイントで構成されていることが分かります。

 

ポイントⅠ:労働時間法制の見直し

働き過ぎを防ぐことで、働く方々の健康を守り、多様な「ワーク・ライフ・バランス」を実現できるようにします。

 

ポイントⅡ:雇用形態に関わらない公正な待遇の確保

同一企業内における正規雇用と非正規雇用の間にある不合理な待遇の差をなくし、どのような雇用形態を選択しても「納得」できるようにします。

 

ポイントⅡについては、主に雇用形態と待遇の是正に関する事なので、これによって影響を受ける人とそうでない人が分かれますので、ここではポイントⅠに絞ってお話をしていきたいと思います。ポイントⅠは最終的には以下の7つの法規制に落とし込まれています。

 

①  残業時間の上限を規制します
② 「勤務間インターバル」制度の導入を促します
③ 1人1年あたり5日間の年次有給休暇の取得を、企業に義務づけます
④ 月60時間を超える残業は、割増賃金率を引上げます(25%→50%)
⑤ 労働時間の状況を客観的に把握するよう、企業に義務づけます
⑥ 「フレックスタイム制」により働きやすくするため、制度を拡充します
⑦ 専門的な職業の方の自律的で創造的な働き方である

 

これらの個々の内容については厚生労働省のホームページをご覧になっていただければ詳しく載っていますので、ここでは深くは言及しませんが、要は労働時間に上限規制を設け、これに違反した場合は指導が入ったり、雇用者側に財務的負担がかかり、労働者側に賃金的上乗せがなされるといったものとなっています。

 

このような役人主導の取組はいつも、目指す状況を定義して、それを法制化し罰則を設けると当時に、補助金をつける。どのように実現するかは国民に丸投げ。結果的に、これをクリアする為に各種コンサルタントやITベンダーが各種のソリューションを展開するわけで、そのソリューションに対しては各企業は投資をする為に、ある意味経済効果があるのかもしれませんが、その投資をした企業自身の実態は、本来の目的とはかけ離れた状況になってることが珍しくありません。自分たちに直接関係があるのは”規制”と”補助金”だけだから本来の目的は見失われてしまうのでしょう。丸投げが連鎖して、主役であるはずの社員が不幸な状況になっているわけです。

 

実際に起こっている例を少し見ていきます。
最も乱暴な例は、残業規制に抵触するのを避けるために、何の工夫もすることなく20時に一斉消灯するといったやり方です。強引に残業を排除し、本来やらねばならない業務をどうするかは、“社員が工夫するだろう”という丸投げ思考によるものです。
残業をしていると上司に叱られる。何とか理由をつけて仕事を続けようと思っても強制的に消灯してしまう。しかし業務量が減ったわけではない。ある社員は、早朝出社により仕事を片付けようと、けなげな努力をします。しかし、企業は総労働時間の管理を強いられていますから、いずれこの工夫も妨げられるようになるでしょう。
消灯後に追い出された別の会社の社員は、配布されたPC(テレワークを導入の為配布された)を手にファミレスに入り遅くまで仕事をしたりしています。

 

“投資やイノベーションによる生産性向上とともに、就業機会の拡大や意欲・能力を存分に発揮できる環境を作る”という目的は果たされることなく、社員はこれまでの給料のまま、より労働環境の悪い場所でこっそり長時間労働をしているというのが現実のようです。

 

そもそも“働き方改革”は、その名の通り“改革”が必要です。これまでの仕事の仕方を変えないと実現しません。改善レベルでは追い付かないかもしれません。全く新しいことに取組むわけですから、簡単ではないはずです。

 

新しいことに取組むときに重要な能力は、イメージ/想像する力です。人は、想像できないものを成し遂げることは不可能です。逆に想像さえできれば、

「それを具体的に実現する為には何をすべきか」

という手段の議論に進めることができる訳です。
話は少し脇道にそれますが、この“想像”する力は人間に与えられた最大の力の一つと言えると思います。毎朝1時間かけて川に水を汲みに行っていた時に、人間以外の動物は、

 

喉が渇いた → 水は川にある → 川に行こう

 

という行動をするだけで、次のステージにはなかなか進めません。
人間は、今よりもっと早く楽に川にたどり着いたら便利だな、、、馬は人間の何倍も速く走れて良いな、、、あれの上に乗っていけたらもっと楽に早く水が手に入るな、、、手なずける方法を考えよう。と想像をめぐらして馬を移動手段に使ったり、またその延長線上に鉄道や自動車があるのでしょう。
小説家なども、非常にその想像力が豊かに働いたときに名作が生まれるとも言いますし、数学者なども発想力が命みたいなものです。

 

なので、皆さん! 想像力をいかんなく発揮して本当の“働き方改革”を実現しましょう!!・・・
目をつぶると“ドン引き”している読者の皆さんの顔が頭に浮かんできます(笑 汗)

 

そうなんですよね。そんな簡単じゃないんですよね。これまでできなかったことを短期間で成し遂げるには、優れた想像力を持った人が必要になり、だれでもできるというものではないというのが、現実だと思います。
では、だれに任せるべきかというと、それは前回のブログに書いた

 

“概念化能力(思考する力)”

 

が高い人です。しかし、これを称して「優秀な人」と呼ぶくらいですから、適切な人選も簡単じゃないかもしれません。しかし、現在はコンサルタントやITベンダーがどんどん提案にやってきますし、情報もネット上にあふれています。なので一から想像しなくても、適切に選択する事ができれば、より高い確率で成功を手に入れることができるかもしれません。
そこで、適切な選択をするための手法として、非常に有効な方法がありますのでご紹介させて頂きます。すでにご存じの方も多いかもしれませんが、それは

 

“クリティカル・シンキング”

 

です。聞いたことはあるけど実践したことはないという方は、是非学んで実践する事をお勧めします。Business Men/Womenであれば必須の手法です。ご自身でその手法を試してみると、間違いなくその効果を感じることができるはずです。書籍もありますが、身近なところではグロービスが研修を定期的に開催していますので、まだ実践されていない方は受講を検討してみてはいかがでしょうか?
(受講費は15万弱だったと思います。15万の価値はあります)
ここではご存知ない方向けに、さわりだけをご紹介させて頂きます。

 

クリティカル・シンキングは、以下のようなステップで物事を整理していきます。

 

1.考えるべきことを明確にする
この考えるべきことを「イシュー」と呼びます。(大きな「問い」です)
つまり、

「何の話をしているのか?」
「解決すべき課題は何?」
「読み手の関心事は何?」

といったことを明確にします。

2.「枠組み」を考える
「枠組み」とはイシューに答えるために、考慮・判断すべき論点です。
(より具体的な「問い」のセットとも言えます)

 

例えば、“働き方改革”で8時一斉消灯を断行したが、社員の意欲・能力を発揮できる職場づくりに本当に貢献できているのか?という課題があるときは、

 

イシュー:8時一斉消灯は、社員の意欲・能力を発揮できる職場づくりに貢献するか?

 

とします。そして「枠組み」を考えるときは、3~4程度の小さな「問い」を用意するのですが、その3~4の「問い」が全て正であれば、イシューも必ず正であるといえるようなものを考えます。例えば、

 

枠組み:
・8時一斉消灯は社員の能力向上に貢献するか?
・8時一斉消灯は積極性を促すか?
・8時一斉消灯は社員の能力と適切な仕事の割り当てに貢献するか?

 

次にこの「枠組み」が、“漏れがなく且つくダブりがない”かを確認し、合わせて、各々の小さな「問い」は「イシュー」にダイレクトに答えているかを確認し、どちらも満たしていれば適切に設定されていると言えます。
上記の「枠組み」が適切に設定されているかを確認しましょう。

 

まず、“ダブりなく”についてですが、3つの小さな「問い」に重複する内容は含まれてはいないようですね。
次に、“漏れなく”では、この3つさえ満たされれば、“社員の意欲・能力を発揮できる職場”だと間違いなく言えるかを検証します。

 

社員が自らのスキルを向上し、
社員が積極的にそのスキルを発揮しようと仕事に関与し、
社員のスキルとアサインされる仕事の適合性が高ければ
→その職場は、「社員の意欲・能力を発揮できる場」だと言えそうですね。

 

ここまでの作業で、「イシュー」と「枠組み」は完成し、あとは「枠組み」の一つ一つが本当にそう言えるのかを情報収集し確認します。例えば「枠組み」の最初の小さな「問い」については

 

・8時一斉消灯は社員の能力向上に貢献するか?

という小さな「問い」が本当かを調べます。すると、

「早く帰宅すると、時間ができるので勉強し、スキルが上がる」

という一つの例が見つかりました。この見つかった事実や例については反証例がないかを確認します。
すると、早く帰宅しても、

 

・趣味に時間を費やす
・TVを見る時間が増える
・睡眠に充てる

 

等の反証例が多数出て、必ずしも早い時間の帰宅が勉強には結びつかないことが分かりました。結局、「枠組み」の1つ目は十分証明されませんでした。残りの2つも明らかに成り立ちませんので、8時一斉消灯は“社員の意欲・能力を発揮できる職場づくりに貢献しない”ということがはっきりします。

 

このクリティカル・シンキングはあらゆるビジネス上の意思決定に活用することができます。
例えば、A社がB国市場に参入すべきかを検討する際には、

 

「イシュー」:A社はB国市場に参入すべきか?

 

「枠組み」:
・B国の市場は魅力的か?
・B国内の競合は自社にとって脅威にはならないと言えるか?
・A社はB国の顧客のニーズを満たせるか?

 

というように「イシュー」と「枠組み」を整理します。この枠組みが3つとも満たされればB国市場に参入すべきと言ってよさそうです。後はこの枠組みに沿って、市場調査、競合分析をし、3つが満たされている事が検証できれば、参入すべきとの意思決定ができるはずです。

 

クリティカル・シンキング・・・興味がわきましたか?

 

最後にもう一度“働き方改革”に話を戻します。
全ての企業活動は“価値(利益)の創造”とその結果としての“社員の満足”につながらないと意味がないわけですから、残業規制に抵触しない事だけを考え、乱暴な手段を進めるのはやめて、我々は、拙速に手を打つのではなく、しっかり考えて最適な回答を見つける努力をするべきだと思いますし、そのやり方が分からなければ学ぶしかないわけです。今回はその学びの一つとして“クリティカル・シンキング”をご紹介しましたが、その他にも、世の中にはビジネスに役立つ沢山の学ぶべきものがありますので、次回はその“学び”にフォーカスを当てたいと思います。