34.孫氏の兵法の応用について考えてみた(その4)

さて、今回の“孫氏の兵法の応用について考えてみた”シリーズで取り上げるのは、「孫氏の兵法 謀攻篇」内の名言、



 

“戦わずして勝つ”

 

です。では早速、主要な部分を現代語訳した内容を見ていきましょう。

 

“戦争における最善の方略は、敵国を無傷で手に入れる事である。これを撃滅するのは、次善の手段でしかない。実際、武力戦によって百戦して百勝するということは、用兵の極意ではないのである。戦いを交えずして敵を屈服させることが最善の方策である。すなわち、戦争において最善の方略は、敵の企図、政戦略を無力化させることである。”

 

戦わずして、敵を無力化し、結果相手を“丸ごと”手に入れるのが最善の方法だと孫氏は言っています。実は少し前に、この言葉を地で行くような企業の買収劇がありました。それは鴻海によるシャープの買収です。シャープが自力での再建を諦めた当初は、産業革新機構の出資を活用する意向でしたが、鴻海が好条件を出して来たために、産業革新機構に対しては断りを入れて、鴻海との最終交渉に入ったのでした。しかし、シャープから他の選択肢を排除することに成功した鴻海は、そこから厳しい条件を突きつけ、自社にとって有利な条件で買収を成立させたという事です。我々日本人は、もう少し、したたかさを身に付ける必要があるのかもしれませんね。

 

“戦わずして、敵を無力化する”という考えが適用できるシーンについてもう少し考えてみましょう。私は以前、ビジネスの世界にも応用できる「公式」をこのブログでご紹介したことがあります。それは、

 

(戦)力 = 能力 x 意志

 

というものでした。つまり、如何に高い能力を持とうとも、戦う意思が無ければ戦力はゼロのまま。逆に強い意志があれば、足りない能力を補う方策を見つけたり、鍛錬を経て能力を身に付けることも可能であるので、結果として戦力は強化されるということです。この「公式」を応用して考えてみると、相手の“意志”をくじいてしまえば、無力化する事ができる事に気付きます。

 

ビジネスの世界に置き換えて考えてみましょう。ある市場で競合同士が衝突した時に、“戦おう”とも思わない相手とはどんな相手でしょうか?整理すると以下の3つぐらいのケースが考えられます。

 

①相手がとるに足らないので、関心がない。いても自分の脅威にならない。
②戦ったらヤバイ。負けるか、相当のダメージを受ける。
③そもそもその市場に魅力がない

 

今回は、そもそも戦う火種がある前提でのケースを考えていこうと思いますので、③は議論から外します。まず①のケースを考えてみましょう。皆さんはこのようなシーンに出くわしたことはありますか?私はあります。恐らく多くの方が経験していると思います。

 

例えば、数十億円にも上る大規模なシステム開発の提案を優位に進めているときに、全台合わせても数百万にしかならないプリンターについて、お客様がお気に入りのメーカーを検討していた場合、むきになってそのプリンターも取りに行きますか?大規模システムの提案なので、細かいところには手も回らず、敢えてプリンターについては提案から外す・・・という選択をしても不思議じゃないですよね?

 

この例は、個別の提案における1シーンにすぎませんが、このアプローチを企業としての戦略として活用しているグループがあります。恐らくではありますが、ヴァージン・グループは上記の①を戦略としているのではないかと感じています。ヴァージン・グループは30カ国で200以上の様々な事業を行っているコングロマリットです。私は以前、ヴァージン・グループの創業者であるリチャード・ブランソンが、

 

「我々は、他の企業にとってみれば取るに足らないような規模のビジネスを多数もっているところがユニークなところで、その文化をグループで共有している」

 

といったような言葉をインタビューで答えていたのを覚えています(言葉は正確ではありませんが)。そこで、彼が選んだ市場を見てみると、当時レコード業界だったり、コーラ業界だったりと、そこには圧倒的力のある勝者がいる市場で戦っていたのです。(レコード:EMI/コーラ:コカ・コーラ)
正確に言うと、戦ってはいませんでした。ある企業が市場を席巻すると、その企業は効率を重視する為に扱う商品は集約されていきます。消費者からすれば、選択肢が減る訳ですからあまり良い事ではありません。ここにちょっとテイストの違うコーラを投入した時には、それがコカ・コーラに飽きつつある一部の消費者から支持を得る可能性は十分ありますよね。しかも、その市場がとるに足らない規模であった場合、市場の支配者であるコカ・コーラはそれを無視したのかもしれません。効率を犠牲にしてまで、競争を始めようとは思わないからです。

 

こんな戦い方もあるんですね~。

 

さて、次に“②戦ったらヤバイ。負けるか、相当のダメージを受ける”のケースを考えてみましょう。まあ、これは戦っても負けない準備をしておくという事になります。だれもAmazonに真っ向勝負を挑もうとは思わないですよね。本当に強ければ、相手も逃げる・・・というケースだけだと少し面白みに欠けるのでもう少し考えてみましょう。

 

自身は、それほど強大ではないけども、その企業が作っているものが、大手企業にとって”無くてはならないもの“であったとしたらどうでしょうか?競合が現れて、その会社を脅かそうとしたら、その会社の製品を使っている大手企業は黙っていないかもしれませんよね。例えばDensoなどは、もとはトヨタグループの自動車部品会社でしたが、現在は多岐に及ぶ独自の事業をグローバルに展開する会社になりました。日本の中小・中堅製造業にはこのモデルが適用できるケースが多いのではないでしょうか?下請けに甘んじているだけですと、サプライチェーンから外されるリスクを抱えたままになってしまいますが、技術を磨きつつも、その先の戦略をしっかり見据えていけば、最初の得意先を踏み台にして、戦わずして、大きく成長できるチャンスがあるのではないかと思います。

 

もう少し、“孫氏の兵法”を読み進めていきましょう。

 

“その次の方策は、敵の同盟環境を断ち切って、敵を孤立化させることである。それが不可能な場合は、敵軍を撃破することである。最悪の方策は、敵の城塞都市を攻撃することである。城塞都市の攻撃は、他に解決の方法がない場合にのみなすべきものである。「天下のものすべてを」刃に血ぬらさずしてそっくりそのまま手に入れることが、戦争目的でなければならない。こうすれば軍隊は、いつも活気に溢れ、しかも勝利は完全なものとなるであろう。これこそが攻勢戦略の妙味というものである。”

 

孫氏の生きていた時は、春秋戦国時代で、群雄割拠の時代でしたから、周辺国と同盟を結んで他国と戦うといった事は頻繁に行われていました。その様な背景もあって、敵の孤立化を図ることは重要だったのでしょう。

 

これをビジネスに応用すると、提携関係にある企業同士の関係に軋轢を生ませる様に画策したり、社内の人間関係を分裂されて、有利なM&Aを画策するなどの、謀略的なシーンが考えらえますが、我々日本人は争いを嫌う人種ですから、ここでは、「これらの謀略に負けない備え」という側面から考えてみたいと思います。

 

社内の分裂をさける、つまり会社が一つにまとまるには大きく2つのパターンがあると思います。

 

A. Credoのような、信条/理念を共有する
B. トップのカリスマ性

 

Aを重視する名門企業と言えば、ジョンソンエンドジョンソンやリッツカールトンなどが有名ですね。一方Bについても様々な例はありますが、私はいささか懐疑的にみています。なぜならカリスマ性を維持することは難しいからです。以前の日本マクドナルドを一時は再建させた、当時の原田社長はカリスマ経営者のように見えましたが、途中からおかしくなりましたよね。やはり、“能力”だけでは人は長くはついてこないのではないでしょうか?社会に対する使命を定義し、社員と分かち合った上で邁進するという姿勢を失い、自身の地位や名声に固執してしまうと、社員は敏感にこれを察知し、離れていく。これが最悪の形で表面化したのがかつてのカリスマ、“カルロス・ゴーン”さんの一件なのではないでしょうか?

 

孫氏が「戦わずして勝つ」ことを重要視している理由は、勝利よりも、国が存続する事を最重要視しているからです。ビジネスの世界に言い換えれば、企業が存続する事が重要という事になります。企業が存続する意味とは何でしょうか?社会にとって価値のない会社は存続する意味はないですよね?その会社が提供する商品やサービスでメリットを感じる消費者や企業があるから存続できるわけです。つまり、社会にとっての価値を使命として、これを社員と共有し、まとまることが企業が存続する為に最も重要な事なのではないでしょうか?そして、孫氏は、そんな一つにまとまった手強い相手と戦うことはごめんだと言っています。以下の様に。

 

“最悪の方策は、敵の城塞都市を攻撃することである”。