50.AIの限界と我々が重視すべきことを考えてみた

若き天才棋士「藤井聡太」の快進撃が続いている。天賦の才がある事は間違いないと思いますが、それに加えて彼は、AIを搭載した将棋ソフトを駆使して腕を磨いているという事でも知られています。つい先日、羽生善治九段がAIと将棋について語っていた記事を目にしたのですが、興味深かったので本日のブログのテーマとして取り入れる事にしました。



 

最近のAI搭載型将棋ソフトは人間と違い、何手/何十手も先を読んで次の一手を決める訳ではなく、手番が回ってきた時の駒の配置を認識し、“評価関数”を通して当該手番で指しうるあらゆる手に対してポイントを計算し、最も高いポイントの一手を打つのだそうです。その手番と次の手番において思考の連続性はなく、次の手番では新たに駒の配置を読み込んで、ポイントを再計算してベストの一手を選択するといった行為の連続だそうです。

 

一方人間の場合は、各手番ごとに最良の一手を打つわけではなく、「ここでのポイントは低いけれど、何手か先に進めばよい展開になる」という判断で手を打つことが少なくありません。
私は将棋に関しては殆ど素人ですが、有名な戦法の一つに「振り飛車」と言って“飛車”を反対側に大きく移動する手があるのだそうですが、これなどはAIからみると意味のない手に見えるらしく、“評価関数”はマイナスポイントを算出したりするそうです。

 

今ではAIがプロ棋士を凌駕するまでになっており、各棋士は積極的にAIを活用して腕を磨くようになっているようです。しかしながら将棋は、“人と人が競い合うもの”として認識されているためか、AIに名人棋士が敗れても人気が落ちるようなことはなく、むしろ人気は上っているようです。観戦者はAIのガイドを見ながら観戦する事ができるらしく、“詰み”が近くなる段階では、観戦者は棋士が次にどういう手を打てば勝てるかを知りつつ(AIガイドから情報を得つつ)観戦し、ガイドと寸分たがわぬ手を打ち続ける藤井聡太を観て、「すげえっ!!」っとなったりするそうです。将棋の楽しみ方もだいぶ変わって来たようですね。

 

将棋の場合は、意思決定に必要な情報が全て目の前にありますから、AIにとっては対峙しやすいものなのでしょうね。それでは、他にAIの応用分野というのはどのようなものがあるのでしょうか?

 

よく話題に上るものとしては自動運転がありますね。自動運転は機械学習の局面では、車が取れる選択肢(直進、更新、右折、停止、斜め前等々)に対して衝突などで速度が落ちればマイナスポイント、速度が上がればプラスポイントが与えられる仕組みを通して、膨大なパタンをこなしてAI将棋ソフトで言うところの“評価関数”を導きだします。そしてこれをアルゴリズムとして搭載した車が、センサーを通して認識した状況に対して瞬時に最大ポイントとなる選択肢をとることによって、衝突する事なく速度を上げることができる自動運転自動車が実現する訳です。

 

さて、ここで考えてみたいのですが、先程のAI将棋ソフトのケースと自動運転のケースの違いとは何でしょうか?違いが無ければ既に完全自動運転自動車は実現しているはずですが、まだ実現までは時間がかかりそうであるという現実を見ると、大きな違いがありそうですよね。
そうです。AI将棋ソフトは意思決定に必要な情報が揃っていましたが、自動運転の場合はこれが揃っていないのです。前の車が急ブレーキを踏むことを予想する事は困難です。その急ブレーキは2台前の車の急ブレーキによって誘発されたものであるかもしれないのですから。従って、自動運転車の場合は、より広範囲から情報を収集できるセンサーが非常に重要になってきます。しかしこれは簡単な事ではなさそうです。

 

この困難さを理解することの一助となるかもしれない一つの例がありますのでご紹介させて頂きます。これはイーロンマスクCEOが経営するテスラモーターズが自動運転のテストドライブをしていた時に起こった不幸な事故でした。そのテスト用自動車は大型のトレーラーの脇腹に速度を落とすことなく突っ込んでしまい、自動運転車に乗っていたドライバーは不幸なことに亡くなってしまいました。なぜこのような事が起こってしまったのでしょうか?

 

もちろん、搭載されていたセンサーがトレーラーを感知する事は技術的には容易な事です。しかし、あまり大きな物体を障害物として認識するようにソフトを組んでしまうと、高速道路などの高い位置にある渋滞状況などを示すような大型の情報版等を障害物として認識してしまい、頻繁に停止してしまうという事が実験でわかっていました。その為、テスラモーターズのテスト用自動車は敢えて大型の物体は無視するように設定されていたために、大型トレーラーが前を横切ったときに停止することなく突っ込んでしまったという事です。

 

このような事を鑑みると、意思決定に必要なすべての情報が揃っていない自動運転自動車にとっていかにセンサーが重要かが想像できると思います。先に述べた2台手前の来る前の急ブレーキに誘発される衝突事故の例などを考えると、多次元的に情報を収集する事が必要であることが分かります。つまり、単体の車が高度なセンサーとAIを搭載しているだけでは十分ではなく、自動運転自動車同士が相互に情報を交換したり、衛星から情報を取得したりといった仕組みが必要になります。その為に5Gの技術は自動運転技術にとって必須であると言われているわけです。

 

さらに自動車の場合は物理的に駆動していますから、“AIが危険を察知してブレーキを踏む”という意思決定をする事と、実際に“車が衝突する前に停止できる”ということは別問題です。このようなことを考えると、実現にはまだまだ時間がかかりそうだなと感じてしまいます。
先ほど述べたテスラモーターズの事故のようなものから受ける負の印象から、車に運転を完全に任せる事に対する心情的な壁や、自分の運転スタイルとAIの運転スタイルとのGAPからくるストレス等を鑑みると、プライベート向けの自動運転車の普及にはまだいくつものハードルがあると思いますので、個人的にははじめから自分でコントロールできないことが分かっているバスなどの公的交通機関の方から普及は始まるのではないかと感じています。

 

最後にAIをいかに経営に生かすことができるか・・・AIに任せるところと自身で進めるところの境界線について考えてみたいと思います。

 

経営者にとってもっとも価値が高いAI活用領域は未来を予想する事だと思いますが、私はこれは不可能、あるいは実現するとしても相当先の事だと思っています。未来の経済状況に影響を及ぼすパラメーターが膨大になるだろうという事と、そのうちの一部は特定の影響力の大きい人/団体によって左右されるからです。恣意的に操作されるものを統計的に処理しても意味がない事が多いですからね。従って、予期・予測よりも起こったことに対して適切に対処する為にAIを応用するという考え方が現実的だと思います。

 

例えばビジネスを成長させるための要素としてQCDに注目したとします。釈迦に説法だと思いますが一応おさらいしますと、

 

Q:Quality(品質。商品そのものの機能性や耐久性等を主に表します)
C:Cost(原価。商品の価格競争力を考える上で重要な指標になります)
D:Delivery(納期や配送における利便性全体を意味する事もあります)

 

となります。しかしながら、例えば“C”を強化しようとしたときに必ずしもCostを低減する事のみに注力するとは限らず、戦略によっては付加価値の高い商品にさらにブランド力を持たせるために敢えて高い金額で販売するという方針を出すこともあります。つまり最初に来るのは経営の意志だという事です。例えばAmazonのべゾスは

 

「Webを通して世界中のあらゆる人々にあらゆる商品を安く提供する」

 

という目標を掲げました。当然これは一朝一夕には進みません。Amazonはメーカーではありませんから、仕入れコストを下げるにはバイイングパワーが必要になります。その為ここから着手することは困難です。従ってまずは顧客が物を買うときの利便性を追求するところから着手したはずです。ここからは当たり前の話ですが、例えば納期を短くするためには受注から納品までのプロセスの明確化と実績を把握する必要があります。

 

受注→(在庫が無ければ)発注→入庫→ピッキング→配送

 

上記の内、発注から入庫に最も時間がかかっている様であれば、在庫リスクが最も低くなる安全在庫の組合せをAIに任せるという手もあるかもしれませんが、VMI(Vendor Managed Inventory)のように発注と言う行為自身を排除するという発想の転換も有効かもしれません。よくDX/AIにどこから手を付けたらよいのかわからないという話を耳にしますが、「AIを適用するにはどのエリアが良いか」という順番で考えると、お勉強する事ばかりが多くて、導入した効果は限定的という結果になりかねません。先に述べました通り、経営において最初に来るのは“何を目指すか?”と言う意志です。それを実現する為に現在のプロセスを分析し、従来型のアプローチではやりたいことが実現できない場合はVMIのように発想の転換をするか、AIが貢献できるかを考えるという順番になります。所詮AIとはセンサーと統計的アルゴリズムの組合せで効率的な意思決定を支援するものですから、やりたいことに対して一品一様で作り込んでいくことになります。従ってアイデアの数だけAIは存在することになります。その為、(しつこいようですが)やりたい事/やるべき事/経営の意志が先にあって、AIはその手段の一つと考えたほうが上手に活用できるはずです。

 

様々な企業を調べてみると、短い期間で驚異的な成長を見せる企業もありますが、長きにわたって成長を続け、尊敬される企業は、経営の意志とそれに傾ける情熱が抜きんでている傾向が強いです。情熱を失わずに前進し続ける事は結構しんどいことなのですが、だからこそ目指すべき方向を考えるときに、社会的意義を重視する事が重要になるのだと思います。

 

「世界中の人がこの事業によって今よりHappyになれるのだ!」

 

という確信のみが情熱を持ち続ける為の原動力になりうると私は考えます。そしてこの領域はAIが逆立ちしても貢献できない領域です。