54.ロ―コード開発は日本を変えるか
最近、“ロ―コード開発”が改めて注目を集めているようです。“ロ―コード開発”とはプログラム言語を使わずにシステムを構築するための開発ツールであり、もともとは画面や業務ロジックをイメージや言葉で定義していくことによりプログラムを自動生成するツールとして注目を集め、当時は4GL(第四世代言語)などと呼ばれていました。しかしながら、各4GL製品は製品固有のプログラム言語も用意しており、システムを完成させる為に、結局はこの固有のプログラム言語を用いて細かい調整を施す必要があったために、エンドユーザーによるアプリケーション開発という世界を確立するには至りませんでした。
結局4GLは大きな広がりを見せる事はありませんでしたが、その後時を経て“超高速開発ツール”という呼び名で、様々な製品が世に出されるようになりました。有名なところですと、GeneXus、Wagby、Pega 等があります。これらの製品の台頭により、いわゆるCitizen Developerが現実的なものとなってきました。ちなみにCitizen Developerとは、簡単に言うとIT部門以外のシステム開発者という意味です。これらのツールはSIerからみると脅威の対象ではあるのですが、一方ではSIerからみても一定以上の品質が担保できるものと認識されるようになり、プログラム開発には“超高速開発ツール”を用い短期間化を図り、削減できた労力を、システム全体の品質やコストの多くを確定することになる上流工程に費やすという開発体制を取る傾向も出始めているようです。
そして最近ではさらに進み、これらの開発ツールをクラウドサービスとして提供するプラットフォーム型サービスが生まれており、これを活用にすることにより開発者は業務ロジックに注力する事ができ、インフラ環境の用意や、SQLインジェクションといったセキュリティ対策はプラットフォームにゆだねる事ができるようになりました。この市場は多くのIT企業から注目されており、セールスフォースはその先駆者ではありますが、最近ではAmazonやマイクロソフトも参入してきています。
さて、これらのロ―コード開発ツールは、DXが注目されている環境下、Citizen Developer化を後押しすることが本分だと私は捉えておりましたが、雑誌に取り上げられている事例を見ると、IT部門が中心となり、少ないリソースでも短期間でシステムをリリースすることに貢献したツールとして紹介されるケースが多いようです。特に最近はコロナ禍によりリモートワークを余儀なくされ、且つこの流れは不可逆的になりつつある中、紙やメールを前提としていた業務をシステム化することにより、リモートワーク環境の充実、及び結果的に業務効率化を生むことに貢献したり、業者間の接触が難しい中WEBを通して情報のやり取りをするシステムを短期間に構築し、業務の停滞を避ける事ができた事例等が目に付きます。逆境を乗り越える事にもこのような形で貢献しているこのロ―コード開発ツールは、非常に価値の高いものだと私は捉えております。
さてここで、私がこのツールの本分と捉えているCitizen Developer化に話を移したいと思います。IT部門以外の社員によるIT化/自動化の取組というと、RPAが頭に浮かびますが、RPAは現在の業務をそのまま自動化するものですから、そもそも工夫次第でもっと合理化できたかもしれない業務が、非効率な手続きのまま自動化されてしまうケースもあるために、適材適所をよくよく考えないとライセンス費用のみが積上がってしまう事もあり得る訳です。一方ロ―コード開発の場合、現行の業務の分析と新しい業務の設計が必要となり、その過程で合理化を検討することになりますので、担当者にとってはRPAよりも敷居は高いかもしれませんが、その分その担当者が本質的な業務の在り方を考える鍛錬にもなることと、結果として出来上がるアプリケーションの価値を考えると、ロ―コード開発は注目する価値があると思います。
さてここから先は、ロ―コード開発は積極的に取り組むべきと言う前提に立ち、それではどのように進めるべきかを考えていきたいと思います。過去の様々なエンドユーザーコンピューティングの取組を参考にすれば、野放図にロ―コード開発を広める事は避けるべきだと思います。この方法を取るとシャドーIT化してしまいます。やはりITは基本的なルールを守りつつ会社の資産として構築するステップを踏まないとセキュリティリスクが増す一方で、効果が限定的になりかねません。例えば関数バリバリのEXCELマクロをエンドユーザーが開発するケースを考えてみます。
EXCELマクロを開発した担当者自身は、少しでも日々の業務を効率化したいという思いから行った事ですから、攻めるのは酷なのですが、しかしこれによる以下の不都合な点が発生しえます。
①操作が複雑で、開発したその人がいないと使えない
これは、本来1つの操作で終了できるような処理が、その開発者のスキルが限定的なために複雑な手続きを経るような仕組みになってしまい、結果的にその人以外操作ができないものになってしまうケースです。
②他のシステムとの連携が担保されない
例えば、販売管理システムの売上履歴をダウンロードして加工するような処理が含まれる場合、IT部門と連携していないと、販売管理システムが刷新された途端に使えないシステムになってしまいます。
このようにせっかくの現場の創意工夫が無駄にならないように、ロ―コード開発を企業の力に変えるためには最低限のルールと仕組みをIT部門が率先して提供する事が求められると思います。
企業が顧客に提供する商品やサービスを評価する一般的指標として、QCDがあります。QCDの意味は以下の通りです。
Q:Quality(品質)
C:Cost(コスト)
D:Delivery(納期) ※商品/サービスをお届けする一連の配送サービスの利便性も含む
ロ―コード開発の積極的取り組みによって比較的効果が出しやすい指標としては何が挙げられると皆さんは思われますか? QCDの全てがその候補に挙げられるとは思いますが、私は比較的効果が得られやすいものとしては、“Delivery”が挙げられると思います。
「社内のあらゆる業務が連なって最終的な商品/サービスに価値として付加される」というバリューチェーンの概念に沿って考えてみれば、”意思決定”を含む”各業務間の情報のやり取り”を効率化する事により、間違いなく“Delivery”は向上するでしょうし、その向上にシステムは寄与しやすいからです。そしてこの情報のやり取りを確実で無駄のない形にする為に、会社の資産としての情報はなるべく共有するべきです。従ってIT部門が主に管理する以下の様な情報は積極的に公開し、アクセスの方法も標準的なインタフェースを用意し、Citizen Developerが利用しやすいようにすることが望ましいと思います。
・社員マスター
・商品マスター
等々
APIのような形でアクセスできるようにすればベストですが、決まった時間に決まったフォーマットで最新のデータにリフレッシュするといった多少古臭いやり方でも十分機能すると思います。
最後に、日本企業がより競争力をもって成長する為にロ―コード開発を生かすには、どのようにすべきかについて考えたいと思います。以下に皆さんもよく目にする事のあるバリューチェーンの図を載せました。この図を俯瞰しながら考える事にします。
日本の競争力は衰退していると言われてはおりますが、今でも世界3位の経済大国ですし、第2位のC国は知的財産を略奪していることが世に知れ、西側諸国のサプライチェーンから外されつつあることを鑑みると、日本のモノづくりの力は依然として競争力があると言って良いと思います。従って上図の“製造”は強いとします。
ロ―コード開発によって短期的に強化されるものは、”意思決定を含めた情報のやり取りの効率化”です。“製造”を核にして“意思決定を含めた情報のやり取りの効率化”によって企業の価値を高めるにはどのプロセスに注力すべきなのでしょうか?
私は、“マーケティング”と“販売”だと考えています。
既存の市場のみを対象にロ―コード開発で情報のやり取りを効率化しても、コスト削減にはなるかもしれませんが、飛躍的な成長は困難です。コスト削減により競争力が増すかもしれませんが、ほとんどの市場は成熟していますから、やはり驚くような成長は難しいでしょう。
一方で、製造で培った技術を応用できる市場を見つけるマーケティング力とそこに対する提案力を強化する事ができた時に、ロ―コード開発による各プロセス間を繋ぐ情報の効率化の価値が最大化されるのだと思います。現場力の強い日本の産業が再度飛躍することにロ―コード開発が貢献することに期待したいですね!