19.負けない心/勝ちにこだわる心

前回のブログの最後でも触れた通り、本日は負けない心/勝ちにこだわる心についてお話をしていきたいと思うのですが、その前に前回のブログの中で触れたダイバーシティに関する考えについて、つい先日Harvard Business Reviewの中に興味深い研究記事がありましたので、少し皆さんと共有させて頂きたいと思います。



 

その研究では、調和と多様性(ダイバーシティ)の会社業績に対する貢献度について調査されたものでした。その研究では最初に企業の文化や価値観、信条等について近い考えを持っている人を採用した場合と、考えは違うのだが文化の違いを正確に理解する能力のある人を採用した場合の比較をしていました。
前者のケースは、入社後に自らその会社を去ることはあまりなく、比較的長期にわたり在籍する傾向があるが一方で、会社業績に、より貢献できるか否かという点については、明確な相関はないと結論付けていました。
後者のケースは、入社後に比較的早期に会社を去る傾向にあるが一方で、より高い業績を上げる傾向にあるということでした。
そして、ここから管理職が学ぶべきことは、人材を採用する際には自社の文化、価値観及び信条に近い考えを持っているだけではなく、自分と考えや文化の違うグループに対する適応能力のある人を選ぶように心がけるべきだという事だと言っていました。つまり長く企業に貢献してもらうには現在の会社と調和できる考えの持ち主が望ましいが、外部環境の変化に伴い会社も変化を強いられる訳であり、それを敏感に察知して変化対応することが必要であり、それをできる人が長期にわたってその会社で貢献できる人だからだという事でした。

 

ここまでは主に“調和”と“適応性”の重要性についての研究結果でしたが、続いて多様性の必要性についての実験結果がそれに続いて書かれていました。調和を重視した社員構成の場合、日々の業務の生産性は高く維持できる傾向にあるが、イノベーションを起こすような何か新しいものを始めることはなかなか起こりにくいようです。一方、考えや視点の違う人を雇い入れることによって、アイデアの幅が広くなることは確かです。では、良いとこ取りをするにはどのような工夫をすればよいのでしょうか?その研究では、プロジェクトの初期、中期、後期の3つのフェーズに分けてベストの組合せを検証しています。結果は以下の通りだそうです。

 

プロジェクト初期:多様性重視のチーム編成のプロジェクトに対する貢献度は”低い”
プロジェクト中期:多様性重視のチーム編成のプロジェクトに対する貢献度は”高い”
プロジェクト後期:多様性重視のチーム編成はプロジェクトに対する貢献度は”低い”

 

つまり、プロジェクト初期段階では取組むべき問題の特定や、ゴールを定義することが重要になるために、ある程度考え方のベクトルが共有されないと、方向性を定めるのに時間がかかってしまうのでしょう。
しかし一方、プロジェクトの目的が定義された後、解決策を様々な角度から発案、検討する中期においては多様性が力を発揮することになり、その後、具体的な解決策が絞られて、最終ゴールに向かって収束させるフェーズにおいては多様な考えはむしろ進行を邪魔してしまう事が多いという事です。

 

このような傾向を理解した上で、従来の企業文化に調和した社員と、考えの異なる社員の活用を工夫すれば、多様性を生かした持続的成長企業に近づけるのかもしれません。但し、考えの違う社員を一人だけ採用しても孤立して辞めてしまうだけなので、マイノリティでも考えを共有できるだけの最低限のチームは用意してあげる必要があるとの事です。

 

多様性(ダイバーシティ)というと、女性の登用、外国人の登用等が頭に浮かびますが、この研究記事は最後に“多様性”は多様な人種や性別を組み合わせることで高まるわけではないと言っていることころが興味深かったです。つまり、女性の登用や外国人の登用といった表面的なお題目ではなく、本質的な考え方にフォーカスする事が大事だという事です。もっともですよね。

 

さて、ここからは本日のテーマである “負けない心/勝ちにこだわる心” に話を移したいと思います。

 

“負けない心”と“勝ちにこだわる心”という言葉は、当初同義的に用いたつもりでしたが、じっくり眺めてみると微妙に意味が異なることに気付きました。
“負けない心”と聞くと、困難に陥ったとしても初心を忘れず何度でも立ち上がるといったようなイメージが浮かぶ人が多いのではないでしょうか?そう考えると、この心を育むためには「負けられない、譲れない何か」つまり使命的なものを明確に意識する必要があります。人は自分だけの為に不屈の魂を持つことは難しく、人として最も重要なものは何かを理解して、それを守り抜くための過程の中で“負けない心”が育まれていきます。この考え方については以前のブログ“欲をコントロールする為に必要な事”の中で触れておりますので、関心のある方はご覧になってください。また、その考えのもとになっているのが思想家の中村天風先生のご著書です。こちらもご関心のある方は調べてみてください。さらにその中村天風先生の影響を強く受けたという日本の名経営者の一人である稲森和夫さんもその流れを汲んでいて、ご著書の「生き方」や「心」を通して実体験を通してその考え方の正しさを説いています。

 

一方、“勝ちにこだわる心”と聞くと、「勝ち」に飢えているというか。。。アグレッシブな印象がありますよね。これはあくまで個人的な印象ですが、最近の日本人は“草食系”などという言葉が一時流行したことからもうかがえる通り、自分から勝ちを奪い取るといった姿勢があまり見られないように感じます。自信が無いのかもしれません。私の経験上、これを克服する一番の薬は、“勝ち”を経験させることです。そもそも好戦的な人は自分が勝つと信じていて、且つ“勝利”の気持ちよさを知っているから勝負好きになる訳です。

 

「勝ち」や「成功」を経験させることによって部下を育成する手腕を持つ“名将”と聞かれたら誰を思い出しますか?私は少し前にお亡くなりになった野村監督がすぐ頭に浮かびます。野村監督は選手の得意分野を見つけ出すことに非常に長けていたと聞きます。それはもちろん、“野球”に対する深い理解と“選手一人一人”に対する観察力の両方があって成り立つのだと思います。野球の“勝ち”に影響する構成要素と、それに貢献する選手の得意分野をパズルのピースを埋め込むようにくみ上げていったのかもしれません。そして“勝利”に貢献した選手は喜びを感じ、さらに意欲的に得意分野と周辺のスキルを磨き、見事に再生していったわけです。

 

さて、野球の場合は9人のレギュラー選手がいて、ベンチには控えの選手がいるので、試合の状況に応じて効果的に各選手の得意分野を生かした起用をして勝利に貢献する事ができます。しかしながら、これを企業内の仕事に応用しようとすると少し工夫が必要です。大量生産の時代から多品種少量生産に変化するにつれて、生産方式もライン生産からセル生産に移り、一人が担当する仕事の範囲が複雑になってきています。ホワイトカラーの世界においても単純作業はどんどんAI化が進むでしょうから同様の現象は進んでいます。このような環境下では、器用で応用力のある社員とそうでない社員との間に差が出てしまうかもしれません。「勝ち」を経験できるのは、一握りの起用で応用力のある社員で、他の社員は「負け」組になってしまうのでしょうか?そんなことは受け入れられませんよね。そこで工夫が必要になる訳です。

 

野球のポジションではないですが、各仕事の内容を分解し、補強エリアを明確にすることができたら効果があると思いませんか?例えば“営業”を例にとって考えてみましょう。様々な分け方がありますが、ここでは営業の仕事は以下のように分解できるとします。

 

①信頼関係の構築
②情報収集
③提案機会の獲得
④ソリューション案の策定
⑤交渉~案件獲得
⑥フォロー

 

結構多岐に及ぶと思いませんか?この一連のプロセスの全てにおいて万能な社員をイメージすると、その人は、「人当たりが良く」「情報通で」「お客様の業務を熟知していて」「商品知識も豊富で」「交渉力があり」「気遣いができる」ような営業ということになります。この一連の作業をうまくこなして「勝ち」を獲得することができて初めて継続的に売上を上げることができる訳です。結構営業って大変だなと感じますよね。。。

 

この一連の活動を通して、常に「勝ち」を手に入れるにはイチローのような万能のプレーヤーを目指すか、ホームランバッターのように、“走力”などの他のスキルを補って余りある飛び道具を手に入れるしかありません。では、先に列挙した①~⑥の活動をプロセスとして、各々のプロセスに目的を設定し、その目的の達成の有無で「勝ち」「負け」を決める方法はどうでしょうか?例えば、

 

①信頼関係の構築                 目的:お客様キーマンとの面会回数を最大化する
②情報収集                             目的:潜在的ビジネスチャンスを発掘する
③提案機会の獲得                 目的:提案する事をお客様と合意する
④ソリューション案の策定 目的:差別化されたソリューション案を策定する
⑤交渉~案件獲得                 目的:契約を獲得する
⑥フォロー                             目的:案件満足度を上げる

 

そして、各々に数値目標を設定するのです。その目標をクリアすれば「勝ち」です。
これまでは「売上」が唯一の「勝ち」「負け」の指標でしたので、多くの「勝ち」を手にする営業は限られていました。しかしこのように分解することによって「勝ち」を手にする機会が増やすことが可能なります。つまり、自分の得意分野に絞ることができる訳です。人間関係構築に長けている人は①のスキルを磨いてここの「勝ち」数を積み上げる。商品知識の豊富な人は④の数を積み上げるといったことができる訳です。

 

「まあ、分かるけど・・・会社としては売上が上らない事には意味がないからねぇ」
そんな声が聞こえてきそうですが、もう少し聞いてください。まだ先があります。このようにプロセスに分解して、各プロセスによる得手不得手が見えてきたら、役割分担することもできる訳です。例えば、④ソリューション案の策定は、専門的知識が必要なケースもあり、専門部隊を作ったほうが会社全体の提案の質は向上する可能性が高いです。(簡単な商品の場合は別ですが)
一方、あまり部門を分けると人員が不足してしまいます。そこで重要になってくるのがマネージャー職です。
マネージャーが部下の営業の得手不得手を理解し、案件の状況に応じて必要なプロセスに対して補完することで案件の勝率を上げ、プロセス毎の「勝ち」に加えて案件の勝率を上げ、部下と「勝ち」を分かち合うのです。

 

よく、名プレイヤー=名監督になれるとは限らないと言いますが、社長職はいざ知らず、マネジャー職はいつでも現役にもどれるくらいのスキルと知識を維持しておく必要があると思います。そうでないと臨場感のあるコーチングができませんから。このようなマネージャーの役割を考慮すると、1人のマネージャーが管理できる人数は5~10名程度に抑えるべきでしょう。もちろん会社によって陣容は様々ですからマネージャーの下にグループリーダーを設けるといった案も良いと思います。

 

このように、仕事をプロセスに分解して、プロセス単位の「勝ち」の獲得と、役割分担を進めてチームで本来の勝率をあげることにより、勝つことの喜びを多くの社員で分かち合い、“勝ちにこだわる心”を醸成することが、仕事のプロセス化から得られる最も大きな成果の一つです。また、人事評価の面でも業績評価のみならず、仕事の進め方がきちんとできているかという面での評価も可能になります。
多くの外資系企業では、業績に応じた給与を支払いますが、一方で人事考課は行動様式その他の別の指標で評価する事が一般的です。実はこれと同じような考えは日本にもあって、西郷隆盛が残した言葉の一つでもある

 

「功ある者には禄を与えよ、徳ある者には地位を与えよ」

 

は、まさにこれと同じ考えだと思います。

 

いかがですか?仕事をプロセスに分解することにより、適切なチーム編成と、必要なスキルが明確になり、勝率が向上し、それを皆で共有する喜びを通して“勝ちにこだわる心”を醸成することにも貢献するという事が、理解いただけましたでしょうか?何よりも「勝ち」を経験する事が、モチベーションを上げるための最良の薬ですからね!ただ、中にはなんでも「勝ち」/「負け」を基準に判断すると心がすさむ。。。という人もいるかもしれません。次回は「勝ち」/「負け」とは違う角度からモチベーションというものを考えてみたいと思います。